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(1).大胆予想をするならば、年末までの長期金利急騰(国債価格急落)を予想する。最悪の場合、年末にかけて日本売りのトリプル安(国債安、株安、円安)の可能性もある。その後、株価は大きく戻る可能性があるが(ハイパーインフレの予想により)、国債は暴落(長期金利急騰)を続けるだろう。このシナリオであれば円も大きく下落する。なお、少し時間がかかるかもしれないが、その円安は将来、日本の国力や株価の回復に資することになろう(97年のアジア通貨危機後のアジア経済回復と同じメカニズム)
「市場の反乱」が民主党政権を揺さぶる可能性が大いにあるのだ。市場は怖い。市場原理を無視して政治をすると後で市場から大きなしっぺ返しを食うのである。
この「市場の反乱」は投機家が悪いのでもヘッジファンドが悪いのでもない。
大きく膨れ上がったオデキに最後の一針を突きさすのは彼らかもしれないが、そのおできを作り上げてきたのは市場を無視して人為的に長期金利を低く抑えつけてきた計画経済的発想である。このオデキは自民党政権下で大きく膨れ上がったものだが民主党政権が小さくする努力どころか、ばらまきを通じてさらに加速度的に大きくしている。縮める努力をしているのかもしれないが95兆円の予算ができてしまうなら結果責任を負う。
(この辺は私の新刊「藤巻健史の金融情報はこう読め」(光文社)をお読みください)
(2)米国の株価(とくに金融株)と経済に関しては、相変わらずべらぼうに強気である。資産効果が実体経済を持ち上げ、それが今度は株価を押し上げるという非常に望ましい回転が始まっていると考える。2年前の史上最高値$14,000に戻るのに1年かからないのではないか、とさえ思っている。
以上の理由から私は米国株への重点投資をしている。日本株は一時お休み。日本では債券先物のショートや債券ベアファンドの購入で長期金利上昇に備えるポートフォーリオが望ましい。(以上はポジショントークであり、皆様が損をされてももちろん自己責任です)
ちなみに米国株は日本の証券会社で買える。なぜ私が長期金利急騰を心配しているのか、長期金利上昇にどう対処したらいいか等は私の新刊「藤巻健史の金融情報はこう読め」(光文社)をお読みください。
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334975944
(3)(以下、上記1に関して多少くわしく説明します)
来年度予算の概算要求95兆円の圧縮が話題となっている。「財源確保をする」というが言葉の遊びを別とすれば恒常的な財源は税収以外は無い。他にあったとしても誤差の範囲の額である。唯一の財源である税収は40兆円を割りそうなのだ。
財源は40兆円弱しかないのに95兆円も使おうとしている。財源が40兆円割れそうなのに子供手当、年金の国家負担等で厚労省のみの予算で30兆円ちかい。税収のほとんどをばらまいてしまう。今年、来年だけの話ならまだいいが、昔からずーと大幅赤字が続いており、借金総額がつみあがってしまっている。これでは国がもつわけがない。この状況で金利が上昇し、国の金利支払いが増えたらどうなるのだろう。国の借金総額は860兆円である。金利が1%あがるだけで、(いずれは)8.6兆円の金利支払い増となる。5%あがれば43兆円の金利支払い増である(現在の税収より多くなる)40兆円割れの税収で30兆円をばらまき、それにかけて加えて金利支払いが40兆円を超えたらもうメチャクチャだ。
(以上多少、大げさである。5%金利が上がる状況では税収も増える。860兆円の借金はすべて変動金利ではなく固定金利のものもあるから金利支払いがすぐに急増するわけではない。何が大げさかを含めて、詳細は私の新刊(光文社)をお読みください。)
ちなみに今の政策金利は0.1%。私がディーラーになった1980年は12.75%。だとすると金利が5%上がるのは想定外の話ではない。
(4)長期金利が崩れるのは国債増発が明らかになる年末にかけてであろう。もしくはその前から織り込んでいくのかもしれない。国債増発でマーケットが大崩れした1998年12月の長期金利の動きが参考になる。対応策として日銀が国債買い取り増を発表しても、1998年末と違って、長期金利が安定するどころか今回は市場がハイパーインフレを読み込んでいくことになるのではないか?当時と比べて日銀のバランスシートもすでに急拡大してしまっているし、国の借金総額もすでにモンスターのように膨れ上がっているからだ。悪い金利の上昇(信用リスクの低下による金利上昇)は始末が悪い。
(フジマキな日々)
(1)私の新刊「藤巻健史の金融情報はこう読め」(光文社)よろしくお願いいたします。
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334975944
(2)なお、新刊のサイン会を28日(水)18:30PMより丸善・日本橋店で行います。よろしくお願いいたします。
(2)先週の朝日新聞土曜日版「やっぱりフジマキに聞け」は
http://www.asahi.com/business/topics/fujimaki/
でご覧になれます。
(3)先週から今週にかけていろいろなところを回ってきた。
・16日(金)は11時から12時まで赤坂プリンスホテルで講演。主催者関係者のみの集まりだったが感覚的には聴衆は600人から800人位だったろう。聴衆の数が多いと講演していても自己陶酔の世界に入っていき楽しい。
12時に終わってから羽田へ車を運転して行き、空港に車を置いて札幌へ飛ぶ。
1週間前にも札幌で講演をしたが、その時と比べると紅葉が進み着陸直前の空からの景色は最高。英国そっくりな感じがする。ロンドン支店勤務時代を思い出し胸がキュンとなった。
夜は札幌学院大学の経営学部創設記念講演。サラリーマンを中心として330人の方が集まって下さり、会場はほぼ満員だった。地元のお医者様の荒木先生や小・中・高の同級生のお嬢さんで国語教師をされている鈴木さんも参加してくださった。9時PMからは大学卒業後配属された三井信託千葉支店の1年下の女性とその旦那様(お医者様)にススキノの海鮮料理屋さんでごちそうになった。
昔話に花が咲いた。札幌泊。
・17日(土)翌朝、朝5時半起床。本日の福岡での講演会のため新千歳空港へ。羽田経由(1時間半の乗り継ぎの間は足裏マッサージ店へ)で福岡へ。札幌から福岡の直行便始発では福岡の講演時間にギリギリのため、羽田乗継にせざるをえなかった。「疲れたー!!」と言ったら、オオニシ先輩にしかられた。
「1回ぐらいの移動で文句を言うものではない。ソフトバンク・ホークスと日本ハムファイターズの選手はしょっちゅう福岡と札幌の間を往復しているんだから」福岡での講演会はソフトバンクがクライマックスシリーズで戦っている最中にもかかわらず300人以上集まってくださった。松中、小久保、王会長よりも藤巻を選んでくださった聴衆の皆さま、ありがとうございます。夜帰京。
・20日(火)溝の口で全日本不動産協会川崎支部主催の講演(会員用)。
3時20分に会場ホテルを飛び出し、3時37分の南武線に乗る。18時発小松行の飛行機に乗るためだ。午後4時半に川崎市溝の口を飛び出して遅くとも7時半くらいから宿で夕食を取れるところはどこか?と考えたら加賀・山中温泉を思いついた。羽田――>小松が飛行機で1時間。タクシーで空港から30分で宿に入れる。意外に身近なのが加賀・山中温泉なのだ。宿は大のお気に入りの
山中温泉「かよう亭」
http://www.kayotei.jp/contents/greeting.html
家内・綾子は早い便で加賀温泉山中温泉の「かよう亭」に行っている。川崎で乗り換えた京浜急行で、ひょっとドアの上を見たら私の顔写真。11月1日に横浜浜銀ホールでやる講演会の案内ポスターだ。うれしくなって写真を撮ろうと思ったが、さすが電車内で携帯写真を撮るのは恥ずかしい。それも自分の写真を。
京浜蒲田での乗り換え時に、ドアが開いてから、さっと携帯をとりだし、写真を撮って「旅の恥はかき捨て」と電車から飛び降りる段取りをした。ところがあせっていたから、またドジった。拡大レンズボタンを押してしまったらしく焦点があわないうちに「ドアが閉まりまーす」のアナウンス。夕食時間に間に合うためには飛行機に乗り遅れるわけにはいかない。写真はとれないまま電車を飛び降りた。あんなにドタバタしてしまったから自分自身の写真を撮ろうと必死になっているのが、ご当人だとは皆、気が付いてしまっただろう。アー恥ずかしい。
・無事、「かよう亭」について、翌日22日(水)正午まで「かよう亭」を満悦した。
部屋付き露天風呂の部屋を用意してくださったのだが、とても大きな風呂と絹のようなお湯。これを一人占めできる贅沢はなにごとにも変えがたい。22日は朝6時に起きて、いつもの遊歩道を散策。「日本一」といわれる朝食をとったほかは、あとは正午まで温泉に「出たり入ったり」の温泉三昧。
私ども兄弟の叔父(父の兄)(故・藤巻時夫)は日本の名医100人という本にも載っていた慶応大学医学部の放射線科の助教授だった。当然、放射線医学が専門だったが、それとともに伊豆月ヶ瀬にある「慶応大学温泉療養所」の所長も務め温泉医学を研究していたのだ。その叔父が「温泉はまだ科学では解明されていない部分もあるが間違いなく体に良い」と言い続けていたため、私は小さいときから、大の温泉大好き人間だった。当時は温泉と言えば、まさに「おじいさん、おばあさん」の趣味で、婚約当時私が「趣味が温泉とスモウ」と言ったために家内は「こんな老人みたいな人と結婚して大丈夫かしら?」と思ったそうだ。その長年の温泉大好き人間の私が気に入っている温泉宿の一つが「かよう亭」である。
・22日(水)午後
12時25分の加賀温泉駅発の大阪行きサンダーバードに乗り京都へ。夜は割烹旅館・幾松で食事。
http://www.ikumatsu.com/menu-jp.html
幾松は桂小五郎と芸妓幾松(のちの松子夫人)の寓居跡だ。今も尚、抜け穴、飛び穴、のぞき穴、つり天井など長州藩の尊王攘夷派の反勢力による不意の襲撃に備えた施設を見ることができる。
昔、たしか日経懇話会だったと思うが、講演後に日経新聞の方が、ここに連れてきてくださった。彼は以前「日経レストラン」の編集長を務めていたほどの方だから、幾松の味はお墨付きなわけだ。その若おかみが私のファンだということで、その時の講演会にも来てくださった。そんな関係で再訪したわけである。若女将がつききりでお酌してくださった。相変わらずおいしい。
・23日(木)
朝一番で綾子はクーを引き取りに帰京。私は早朝の清水寺を参拝した後、ホテルで仕事をし、奈良へ。奈良での講演をして夜8時半すぎ帰京した。聴衆の方は200数十名とのこと。ありがとうございました。
