(本文)
1.本日(4月13日)の日経新聞3面に「法人税収、32年ぶりに低水準」の記事が出ていた。
「小見出し」には09年度9.7兆円とあるが、これは国税と地方税合わせた数字である。このうち国税は5~6兆円と予想されていたが、5兆1700億円になりそうとのことだ。
いつも私が講演会で申し上げていることだが「来年から満額支給される子供手当」は総額5.5兆円と言われている。国の3大税収の一つである法人税5.2兆円を子供手当のみに充てるのなら国の財政が持つわけがない。ましてや「郵貯改革」を逆回転させて「大きな政府」に回帰するのなら財政破綻は間違いないと思う。「破綻が起きるか起きないか」ではなく「いつ起こるか」を論じるべき時に来てしまったように思う。
2.日本で財政破綻が起きた時、考えられるのは大きく考えて2つ
(1)預金封鎖、新券切り替え
か
(2)日銀の「国債引き受け」(現在は財政法で禁じ手)や取りつけ騒ぎに対処するための「銀行保有国債」の「日銀買い取り」(目的は銀行への資金供給)である
が、
(1)は昭和2年と21年には行われてはいるものの、終戦直後の混乱期ならともかく、現在ではあまりに暴力的でありすぎ、憲法で守られている財産権の侵害に抵触するかもしれないので難しいのではなかろうか?またグローバル化が進んだ現在、外国資本の預金等を物理的方法で封鎖するのは、将来への影響も大きすぎる。
と、なると(2)によるハイパーインフレ政策が現実的なのかもしれない。
個人としては、それにどう対処するかを考えるべきだろう。
3.「日本にハイパーインフレが起きる」とは「円の価値が暴落する」ということである。インフレとは「モノの値段が上がること」=「貨幣価値が下がる」ことだ。日本において貨幣とはドルでもユーロでもない。「円」である。円が大幅値下がりするのなら、米株を中心とした海外資産の保有をヘッジとして考えなければならない。米国株は日本の証券会社で簡単に買える。
4.よく「米国は双子の赤字」問題でドルも暴落の危機があり「米国の時代はすでに終わった。米国株を持つのは怖い」という人がいるが、とんでもない。
そういう人はこの20数年間の米株の上昇に乗り遅れたはずだ。
バブルで日経平均が史上最高値を付けた1989年末のNYダウは$2753、昨日(4月12日)は$11005だから約4倍に上昇している。ちなみに日経は1989年末の¥38,915から¥11,251と3分の1以下である。
株価の動きで表現されるように、国力の動きに、これだけの差があるのだから1989年末の1㌦=143円が今なら1㌦=200円でも1㌦=300円まで円が下落してもおかしくなかったはずだ。それなのに現在1㌦=93円。ここに日本経済衰退と財政赤字極大化の理由がある。(ちなみに為替が経済原理に反する動きをしていたわけで、私が為替を昨今、読み間違えた理由である)しかし、為替は私の予想とは異なり35%の減価をしたが、私がずっと勧めてきた米国株自身は4倍になった。為替の減価を考慮しても2.6倍で、100万円が260万円になった計算である。一方、為替の動きを怖がり、日本株だけ持っていた人は100万円が27万円。米国弱体説を信じた人は、資産運用を「結果として」間違えたことになる。
今後であるが、$は今後とも基軸通貨であり、$に変わる基軸通貨は考えられない。昔は金本位性であった。私は、いい悪いは別として、今の世界の通貨体制は「軍事本位性」だと思っている。小銭ならともかく、大きなお金を、家の中のどこにしまうか?を考えてほしい。どんなに日本の治安が良くても、泥棒や火災から守ってくれる「金庫」の中なのだ。世界の政府が米国債を買い、世界の金持ちが多くの資産を米国で運用する理由である。
ちなみに「米国は経常赤字&財政赤字であるから」と心配する向きも多いが以下の2点を考えられたい。
(1)財政赤字と言っても日本とは桁外れに健全だ。$が基軸通貨であり、アメリカ中央銀行が実質、世界の中央銀行である限り、世界が成長してための成長通貨を米国は世界に供給していかなければならない。そうしなければ、ドル不足で世界はデフレになってしまう。$が基軸通貨であるかぎり米国は赤字によりドルを世界に供給しなければならないのだ。
(2)経常赤字の最大の問題は、巨大な資本流入により米国人が稼いだ金がすべて「配当金・利息」として海外に流れ出てしまうことだ。しかしながら米国人はリスクーテーク思考が強く、その結果、高い配当金を受け取っている。したがって、純資本流入国でありながら、「配当金・利息」を支払うどころか受け取っているのである(つい最近まで)(現在の数字は知らないが、支払超であっても少額のはずである)
その観点からして経常赤字問題は大きな問題ではない。
何はともあれ、日本人は米国の強さを信じて米国株投資を考えるべき
だと私は思う。
(フジマキな日々)
1.先週の朝日新聞土曜日版Be「やっぱりフジマキに聞け」は
http://www.asahi.com/business/topics/fujimaki/
でご覧になれます。
2.明日(4月14日(水) TOKYO FM(80.0Mhz)夜7:10~7:25 のニュース番組「タイムライン」 に2~3分ですが、録音出演いたします。
日本の財政破綻によるハイパーインフレ、 その最悪のシナリオについての特集の中での出演です。なお「タイムライン」は 今年4月にスタートした新番組です。
2.今週のフジマキタケシ
4月6日(火)
夜、昭和24年生まれの会「丑の会」の勉強会で10人に向けレクチャー。
高校の1年先輩の元財務省関税局長・竹内洋さんが今回の「丑の会」の幹事であり、その竹内さんからお声がかかったので、お話をさせていただいたもの。講演料をいただく講演会では主催者から1時間と言われれば1時間、1時間半と言われれば1時間半と、予定時間の1分以内にぴたりと終わらせることを美学(?)と心得ている私だが、この日は講演料がタダだったので竹内さんからの「20分間講義」という要請を断った。「無料奉仕だから、本日私がしゃべりたいことすべてを無理やりにでも聞いていただきます。私の憂さ晴らしの場とさせていただきます」と宣言して50分間しゃべらせていただいた。
メンバーのお一人は壬生基博さんだった。壬生さんとは、昨年だったか一昨年だったか某大学の理事長宅のホームパーティー以来の再会であるが、お会いするのは今回で3度目である。最初にお会いしたのは、1982年のウインブルドンテニス大会のマーキー(接待用テント)の中だった。
マーキーの中で家内・綾子が話をしていた相手の方が「爺さんの誕生日なのでお祝いに最近まで日本に一時帰国していました」とおっしゃったので、「すごいおじいさん思いの方だな。しかしおじいさんの誕生日にワザワザ日本に帰るとはすごい方だな」と思ったのだが、後日、その「爺さん」とは昭和天皇だと判明し、びっくり仰天したのだ。そう、壬生さんは昭和天皇陛下のお孫さんなのである。
4月7日(水)
昼、少人数での勉強会。私も5人の講師陣の一人であるが、今回は東大の伊藤元重先生が講師。私は、人の話を聞くのが嫌いなのだが、この勉強会だけは参加させていただいている。講演前に伊藤先生にごあいさつしたら「なんだ、藤巻さんがいらしているなら、今日は藤巻さんがやってくださればよかったのに」とおっしゃってくださった。「財政破綻の話をしたら?」ということだろう。
夜、長男健太が帰宅して言った。「鳥スープをワイシャツに、こぼしちゃった」。答えて家内・綾子いわく「27歳にもなって!親の顔が見たいわ」
それを聞いたその親(すなわち私)が言った「今日、僕もネクタイの先をカレーライスの中に浸しちゃったんだけどーー」
勉強会で伊藤先生の話を聞きながらカレーを食べていた時のことである。
この親にしてこの子あり。
夕方は近所でマッサージ。
4月8日(木)
夕方、隣駅にある足裏マッサージ。
4月10日(土)
毎年、恒例の金毘羅歌舞伎鑑賞に朝8時初のJALで高松へ。そこでレンタカーを借りて、まずは「うだつ」の古い町並み見学。「うだつ」に行くのは2回目。
http://www.awanavi.jp/tokusyu/category/0000017.html
土曜日なのに人がほとんど歩いておらず、暖かい日和の中、のーんびりと散策出来た。神経が弛緩していくのがわかる。
夕方、お気に入りの「ホテル租谷(いや)温泉」に。
http://www.iyaonsen.co.jp/reserve/index.html
家内はこれで5度目、私は4度目の訪問。社長の植田さんが迎えてくださった。社長は私のブログを読んでくださっているそうで「藤巻さんのブログを読んで、私どもの宿に宿泊してくださった方がいるんですよ」とのことだった。お名前わかりませんが、宿泊された方、ありがとうございました。私も社長に鼻高々になれました。
仲居さんの話では、普段、社長は、高松にいるのだが、前日こちらに来て、今日は私共が宿泊というので、到着まで待っていてくださったとのことだった。
ホテル租谷(いや)温泉は日本3大秘境・租谷渓谷の中にある一軒宿だ。
( ↓部屋の窓から租谷渓谷を望む)
まさに自然のど真ん中、だ。部屋の窓からの景色も素晴らしいが、ホテル専属のケーブルカーで降りていく(自動運転)源泉かけ流しの露天風呂が最高である。
(↓部屋の窓から露天風呂方向を望む)
(↑露天風呂真下の川床)
硫黄臭が少し混じった炭酸泉で湯量がきわめて多い。九州の長湯温泉ほどではないが、炭酸泉なので、じっとしていると体中に小さな気泡がまといつく。まさに天然バブである。
ぬるめの湯に入りながら。渓谷の間を通る風が、新緑の木々を揺らしていくのを見ていると、もう極楽。
(部屋の露天風呂↓これも温泉)4月11日(日)
朝8時半にホテルを出て、金毘羅へ。まずは車を置こうと、紅梅亭に入ったら玄関前に「藤巻さんを囲む会 御一行様」とあるではないか。赤面した。大学の岡本ゼミの後輩、石川千昌嬢独特の「しゃれ」でのお出迎えだった。私より社会で格段上の重責を担っていらっしゃる方がメンバーのなかに、いらっしゃるので「藤巻さんを囲む会」は、ちと、まずいかなとも思ったが、お偉い方は洒落のわかる方だったので気にする必要はなかった。これはその偉い方に撮っていただいた写真。
(↓「藤巻さんを囲む会 御一行様」看板の前で)
(↓金毘羅歌舞伎が行われる金丸座の前で)金丸座で千晶さんに取ってもらった席は、2列目のど真ん中。歌舞伎座と違って客席と舞台が密着しているので、ド迫力だった。日曜日に、このような券を確保できるのは、さすが高松経済界のマドンナと称される千晶さんならでは、の離れ業だ。家内が初めて金毘羅歌舞伎に行ったのが6,7年前(私はその翌年から、毎年席を千晶さんに確保してもらっている)その時、家内と千晶さんの席は「いの一番」、すなわち一番前の花道沿い。席と舞台があまりに近いので、千晶さんはハンドバックを花道の上に置いて役者さんにじろっと睨まれたそうだ。長い歌舞伎の歴史の中でも花道にハンドバックをおいて鑑賞した人はそう多くはないと思う。
市川亀治郎と片岡愛之助の若手が中心だったが、とくに片岡愛之助の迫力の演技には感動した。千秋楽までに怪我をしないかと心配になるほどの渾身の体当たり演技だった。
講演終了後、東京組と地元組約20人で金丸座の前で集合写真を撮った。丁度、身近にいた黄色の半被を着た係員(と思われた)のお爺さんに、シャッターを押してもらったが、後で聞いたら総責任者の町長さんだったとのこと。町長殿、お使いだてしてすみませんでした! その後、金毘羅様にお参り。
(↓ 本殿から下界を望む)
夜は「藤巻さんを囲む会 御一行様」のメンバーでの宴会。東京から出かけたメンバーと高松経済界(讃岐うどん最大手の石丸うどん社長夫婦等)との恒例の飲み会。仕事に関係ない宴会で、これまた非常に楽しかった。かなり盛り上がったと思う。
ちなみに、かぶれやすい私は、歌舞伎を見た後で酔っ払うと、すぐ六法、特に弁慶の飛び六法を踏みたくなる。そして毎回、家内・綾子に「バーカ」と言われる。しかし、これが正しい歌舞伎の見方だと私は信じている。
