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1.ギリシャが大変だ。ギリシャの財政危機を他人事のように思っている人がいるかもしれないが、日本の財政状況のほうが、ギリシャより格段にひどい。
なぜ世界の金融市場で、ギリシャが騒がれているか?と言えば、ギリシャ国債は7割が海外保有でドイツ・フランス等ヨーロッパの銀行が大量に保有していてギリシャが破綻すれば、他国に直接的な被害が及ぶからである。
一方、日本の国債は95%を日本国民が持っている(日本人がゆうちょ銀行等金融機関に預金し、金融機関が日本国債を買っている)から日本が財政破綻しても他国には直接的被害が及ばない。だから他国は日本のことを騒がない。それだけのことである。「騒がれない」からといって「安全だ」と言うことでは決してない。
万が一、破綻した場合、ギリシャの場合は損を多くの国が分かち合うのに、日本の場合は日本人のみが損を負担する。悪夢である。
2.ギリシャ問題の今後(大胆予想)
以下は、私が考える大胆シュミレーションです。私はギリシャの財政事情等を熟知しているわけではないので、多少いい加減なところがあるかもしれません。
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G20開催をはじめ、今後もいろいろ救済策が試されるだろうが、問題は長引き、最終的にはECB(欧州中央銀行)が禁じ手の「ギリシャ国債引き受け」を行い鎮静化を図る。
その時、通貨ユーロを担保しているところのECBの資産価値の劣化を理由として(もっとも、公式的には、中央銀行が発行する通貨を担保しているのは資産内容ではなく適切な金融政策である言われている)ユーロはさらに安くなる。
一方ギリシャ政府自身は、大胆な歳出カットをして毎年の収支をバランスさせたうえで、5%インフレを起こし7年程度で実質累積赤字が実質半分になるような政策を示し、危機脱出の道筋をつけようとする。
しかしながら、通貨政策が取れない状況下においてのインフレ政策は難しく、通貨政策の自由度を確保するためにギリシャは最終的にユーロから離脱する。
長い時間をかけてギリシャは危機を脱出する一方、欧州統一通貨ユーロは危機を迎える。
3.ユーロが出来た当時から、私はことあるたびに「ユーロは固定相場制の壮大なる実験である。固定相場制がいつまでも持つわけがない」と主張してきた。ドイツとギリシャなど経済格差がこれほどある国々で、固定相場制(単一通貨)は無理なのである。今回のギリシャ問題はは財政危機の問題であるけれども、固定相場制の問題顕在化と捉えることも出来る。
4.2で「ギリシャ政府自身は、大胆な歳出カットをして毎年の収支をバランスさせたうえで、5%インフレを起こし7年程度で実質累積赤字が実質半分になるような政策を示し、危機脱出の道筋をつけようとする。」と書いた。日本は変動相場制の国なので、円安を誘導し、実質累積赤字を半減できる政策が取れるのではないか?という議論も考えられるが、日本は残念ながら、すでに累積赤字がでかすぎ、5%インフレでは追いつかない。インフレに伴う金利上昇による国債の支払金利増を考えると毎年の累積赤字の増加を累積赤字額の5%以内に抑えることはまず無理だからである。5%インフレでは実質累積赤字は減らない。
5.本日(日曜日)夜8時からBS-Japanで放映される「デキビジ」の録画どりが昨日(土曜日)あった。そこで司会の勝間和代さんから「会社も借金をしている。ある額までなら国が借金をしてもいいではないか?」という質問があったが、その時は自分で満足がいく回答を思いつかなかった。
改めて考えると「企業が借金をするのは収益性のある資産を持つため」だが「国の場合、借金をしても多くをばら撒いて使ってしまっている。また保有する橋、道路、土地のような形の資産は収益を生まない」という点で会社の借金とは大いに違うのだ。
我々の世代でばら撒く金を調達するなら、その借金は我々の代で返さなくてはならない。孫・子に借金を返させてはならない。橋、道路を造るために借金をするなら、その耐用年数が終わるまでに借金は返済し終わらなくてはならない。耐用年数が来れば、また同じような費用がかかるからである。
そう考えると基本的には国の借金はゼロでなくてはいけない。景気対策として財政出動が必要になった場合にも数年以内に税収で借金を返済し、ゼロに戻すべきなのだ。
6.また、BS-Japan「デキビジ」の中で国は借金をしているが、その一方、国は土地などの資産を持っているではないか?という反論があった。
しかし、国の保有する不動産はほとんど収益を生まない。簡保の宿を国の資産として考えておられるのか知らないが、簡保の宿のように赤字を垂れ流している収益施設は評価額は極めてゼロに近い。
去年だったか簡保の宿の売却が決定された時、安すぎるとして当時の鳩山邦夫大臣がストップをかけたことは記憶に新しい。簡保の宿の資産価格を国自身がどのように評価しているのか知らないが、赤字を垂れ流している施設の価格は驚くほど低いのだ。1円かもしれない。買ったら毎年金がどんどん出ていく不動産を買いたい人はいないからだ。
リゾート地のマンションが売りたくても売れない。金を払うから持って行ってくれ。そうしないと固定資産税を未来永劫に払い続けなくてはならないと、言う話と同じだ。国立大学の敷地だって同じだ。国立大学をつぶすならともかく国立大学の敷地所有者になろうと言う人はいない。
国が不動産を売れば借金を返せると言う人は考えが甘い。減らせても巨大な累積赤字に比べれば微々たるものだ。
国が持つ年金支払い用の株式があると言っても、その保有株式を売却して借金を返したら、私への年金支払い原資は無くなる。
7.孫・子のお金を使って身の丈以上の福祉に金をばら撒いていれば、とんでもないことになるのは自明である。孫・子のクレジットカードを切って我々世代が快適な暮らしを続けては、孫・子があまりにかわいそうだ。昨日の日経新聞4面に2009年度税収累計が出ていたが、3月末時点で29兆円である。これに確定申告の所得税収約1兆円と3月期決算企業の法人税収が加わるというが、昨年12月の見込み額37兆円に本当に届くのだろうか?届いたとしても、たったの37兆円の収入に対して92兆円も使う。そんな財政が持たないのは幼稚園生でもわかる。ハイパーインフレを起こすことによって973兆円の累積赤字を実質無しとするしか私には解決法が思い浮かばない。
8.日本国債の価格が上昇(長期金利が下落)しているのは極めて不可解である。「ギリシャ財政破綻問題で世界の株価が下がる(景気が悪化する)から金利は下がるはず」という発想なのだろうか?「逃避先として日本国債を買う」という発想は、余りに安直である。もちろんマーケットは不可解なことがまま起こり、そこでの逆張りが収益を生む。
ギリシャの財政破綻の問題が日本に飛び火すれば日本国債の価格は大きく下がる。
世界の年金やヘッジファンドには金余りで金が集まっている。「今は、株が怖くて買えない、しかし、余った金で何かを買わないと預かった金の配当金や利息を払えない。だから消去法で国債を買う」と考えるのは素人である。
世界の年金等はお金をすべて運用する必要はない。大部分を現金に近い形で保有しておいて、ほんの一部を証拠金として使い、国債を先物市場で売る。値段が下がれば大儲け出来て配当金や利息の支払い原資が出来る。これが世界の資産運用の基本的考え方だ。
先物市場を知らなかったり、時価会計を理解していないと、このような世界のマネーの動きを理解できない。
9.そもそもこの時期に個人のお金で、国債を買おうという人がいるのだろうか?「シミのような利息」に対して「暴落が起きれば、資産価値が無くなる」ような投資は個人ならば行わない。
サラリーマントレーダーで自分のお金ではないと思うからこそ「何とかなるだろう」「人より早く逃げられるのだろう」と、国債を買い進めるのではなかろうか?
10.国債入札に注目せよと、講演会等で論じているが最近、日経新聞でも「入札結果」が、昔に比べるとかなり大きく報道されるようになってきた。国債暴落の前兆があるとすれば、ここに表れる可能性もある。もっとも地震と同じで暴落の正しい日時の予知は難しい。
なお5月の入札は以下の通り。
5月11日(火) 10年債 5月13日(木)40年債 5月18日(火)5年債
5月20日(木)20年債
11.5月4日の日経新聞一面 「ニッポンの農力」によると政府は、飼料米や米粉米を作る農家には10アール当たり8万円もの補助金を付けるそうだ。
補助金をもらうには、だれにどれだけ売れかを示したうえで申請する必要があるそうだが、「(米粉米)の本格普及には価格の壁が達はだかる。米粉は輸入小麦に比べ、飼料米は輸入トウモロコシに比べそれぞれ最低でも3割高い」のでなかなか買い手が見つからないそうだ。とある。
それなら補助金を付ける代わりに円を3割安く努力をした方がよほど簡単で安上がりだ。円を安くさせる方法はいくらでもある。
(フジマキな日々)
1.先週の朝日新聞土曜日版Be「やっぱりフジマキに聞け」は
http://www.asahi.com/business/topics/fujimaki/
でご覧になれます。
2.5月9日(日)夜8時から9時までBS Japan「デキビジ」に出演です。
事件を知っている方は知っているでしょうが、今現在、ある意味(前回の放送に関して)、ネット上で大変話題になっているテレビ番組です。
3.昨日の夕刊フジに出ていた「日本破綻」の書評並びにその関連記事は
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-column/news/20100507/enc1005071545003-n2.htm
でご覧になれます。
4.フジマキタケシの1週間
4月30日(金)
4時から歌舞伎座で閉場式に。歌舞伎座の近くの小さな機械式駐車場に車を止めようとしたら、出庫を待っていた松たか子(幸四郎の娘)に遭遇。ここは2日前の歌舞伎座千穐楽の日に寺島しのぶ夫婦に出会った駐車場だ。私は松たか子のファンなので、それだけで本日は満足。この駐車場、穴場かも。(と言っても、寺島しのぶも松たか子も私は気がつかなかった。きれいな人がいるな、と思っただけ。気がついたのは家内)
(上の写真は5月1日(土)の朝日新聞。私共の席は花道隣の3列目。家内が一番花道よりで私がその隣。私、新聞に写っているんです!!
(新聞写真の一部拡大)
うれしい!!<―――馬鹿みたい。「フジマキに聞け」にもっと大きい写真載せてもらっているのに)
席に座ったら前に座っていた男性から「藤巻さん」と声をかけられた。東大の船曳教授(文化人類学)だった。船曳教授は高校の3年先輩でホリエモンの指導教官としても有名な先生である。先生の「右であれ左であれ、わが祖国日本」 (PHP新書) (新書) は名著である。その隣はソニーの創業者盛田夫人だった。
「助六」では我々の席の真横の「すっぽん」(舞台で言うせり)から玉三郎がせりあがってきて、その後福助と玉三郎がまさに我々の目の前で踊っていた。感激(家内いわく手を出せば触れる距離) 玉三郎はもう60歳を超えていると思うが、真近で見るとやはり、首やのどあたりに歳が表れているし筋張った男性の顔だった。しかし、花道から舞台にまわり、少し遠くから見るとものすごい美人に見えた。まさに芸のすごさである。
また「今鹿子娘道成寺」の白拍子花子は普段は1人で踊るところを玉三郎と梅玉二人が一緒に踊った。テンポが速く複雑な踊りなのに2人の動作に全くブレが無いのに驚いた。1人で踊れば、稽古通りに踊っているのか(=ごまかしているのか)わからないが、二人で一糸乱れずに踊れるのは、まさに稽古どおりに踊っているからだ。1カ月公演ではなく本日の閉場式1日のための公演である。若いころからこの踊りを何べんとなく稽古していなければこんなに踊りをマスター出来るわけがない。まさに普段の精進が垣間見えて感激した。(偉そうに書いたが以上2つのコメントは家内のコメントのパクリ)
ロビーで28日の歌舞伎座千穐楽で出会った元マイクロソフト社長の成毛真夫婦と出会った。お互いに「あれー、今日も来ているの、おたくも好きだねーー」
本日の舞台は、さすがだった。
5月1日(土)
午前中、テニス。さんざんだった。第一試合こそ野村の氏家会長と組んで波多野(高校先輩・前バーレーン大使)&佐々木(元JR)組に6―1で勝ったが、再試合で0-6の負け、組替えで波多野さんと組んだ第3試合も2-6で負け。これでは4人の中で、私がべらぼうに下手なことになってしまう。事実その通りだった。第4試合は多田、西部夫人に高橋さんと組んで圧勝。と言っても多田さんは70歳半ばのおじい様だからなー。
夜、西麻布の幸村で9名の食事会。幸村は知る人ぞ知るミシュラン3星レストランとのこと。女性陣は,初対面の方のみだったが、女子アナや女優さんもいて鼻の下がデレーだった。(写真を撮る前、フジの高橋アナともう一人の女性は用があり先に帰られた)
翌日、弟幸夫から電話がかかってきて「日テレの馬場アナウンサーと会合で一緒だったんだって。さっき『お兄様と同席しました』とメールが来たよ。僕、馬場さんとは仲がいいんだ」ですと。世の中狭いものだ。尚、主催者のKさんと我が息子弘とが中・高の同級生だということも判明。
Kさんの高校の先輩の大阪造幣局の理事長と一緒に地下鉄で帰ったが帰りに目黒駅で降りようとしたら、まさに開こうとしているドアの外で、女性が手を振っている。我が社のMs.木田だ!驚いた。そして私とすれ違いに乗りこんだ木田は、何も知らずに私が座っていた席、すなわち理事長の隣の席に座ったのである。
大阪毎日放送ちちんぷいぷい、次回出演予定の6月2日、放送前に大阪造幣局を訪問することを約束した。
5月2日(日)
午前中、秩父宮横のテニスコートでテニス。
5月5日(水)
突然、長男健太と弘がテニスをやろうと言いだし、品川の高輪テニスコートを借りて1時間3人でテニス(家内は風邪が抜けないので不参加)
このテニスコート、私が普段やるクレーや人工芝のコートとは全くの別物。息子たちの玉が弾み過ぎて取るのに一苦労。
5月7日(金)
昼、歌舞伎座の前を車で通った。解体が始まっている。
夜、四谷の雙葉幼稚園のクラスメートであるMs.板橋(彼女の縁でクーを飼い始めた)とMr柳井(三菱商事常務執行役員)と銀座で飲む。いつも書くが雙葉幼稚園は男性4人、女性26名で私の人生にとって至福の時。11時頃、半分泥酔状態でバーを出てエレベータに乗ろうとしたら、男性に声をかけられた。日本生命の元社員の方で昔飲んだことのある方だった。その後、銀座から地下鉄に乗った。乗ったとたんまた男性から声をかけられた。「藤巻さん、本日、昼にメールを差し上げたテレビ東京の羽田です」「あれー、羽田さんも銀座で飲んでいたの?」「いえ、今まで仕事していました。会社が前の駅で私の家は++ですから」「すみません、よく状況が把握できないんですけど、なぜこの電車に乗っていらっしゃるんですか?」「エ、藤巻さん、どこに帰られるのですか?」「私の家は○○です」ここで気がついた。私は、反対方向の電車に乗っていたのだ。もし羽田さんが声をかけてくださらなかったら、私はこのまま眠りこんで、目が覚めたら深夜に埼玉だったのだ!
振り返ってみると、この1週間、この大都会・東京で、いろいろな方に偶然、出会い、声をかけていただいた。考えてみると知人と会うのは奇偶ではないのかもしれない。かなり出会っているのに気づいていないだけではないか?
そう思った1週間でした。
5月8日(土)
午前中、BS Japan「デキビジ」の録画どり。
