(本文)
1.(これは私の専門外の政治のコメント、あしからず)
鳩山政権が倒れた。
この政権は一言で言うと、「橋本龍太郎否定内閣」だった。
1996年年2月のクリントン大統領との日米首脳会談で、橋本龍太郎首相は、普天間飛行場の返還を要求、全面返還で日米政府が合意した。普天間の代替基地については名護市の受け入れ表明も取り付けた。鳩山内閣はそれをぶち壊した。
普天間の永久使用がこれで決まったのではないか?
2.菅さんが首相になったおかげで「日本は円安を望む」と言う風潮が出てきたことは望ましい。ただ、いただけないのは就任時の記者会見である。
菅直人首相は記者会見で「円安は、輸出のウエートの高い日本経済では一般的にプラスになると言われているのは承知している。ただ相場についてはあまり発言しないようにと財務相になったときに言われたので、この程度にする」とおっしゃった。なぜ相場に対して発言してはいけないの????
経済学の教科書によると、経済対策として「金利政策、財政政策」とともに「為替政策」が書かれてある。為替政策をしゃべるのがタブーになっている国は日本だけではないの?
この10年間、口を酸っぱくして言っているが、円安にする方法はいくらでもある。
政治家が理解しようとしないだけだ。政治の怠慢である。
先日の日経BPにも書かせて頂いたとおり「円高による低迷経済と財政赤字問題」は根は一つである。
3.本日(6月13日(日)日経新聞1面の左「菅政権」で日産自動車の追浜工場で小型車「マーチ」の生産が終了する話が出ている。秋からタイで生産し、日本に逆輸入することになったそうだ。日経は「円高などの逆境を克服し、経済が力強さを取り戻すために求められる政策はなにか?一つは直嶋正行経産相が旗を振る法人税の引き下げだ」とある。
法人税減税の方針は、それはそれで素晴らしいことである。しかし、先日の朝日新聞Be「フジマキに聞け」に書かせていただいたとおり日米企業の純利益は桁はずれに違う。法人税を払う前の段階で桁はずれに違うのである。
つい先日の「週刊朝日」の内館牧子氏のコラム「暖簾にひじ鉄」の中に以下の記述がある。
「(第30回毎日経済人賞)の贈呈式祝賀パーティーでは、受賞式お二人と由縁の方々がスピーチされたのだが、その中で思わず「オーォ!」と声をもらした言葉があった。経済産業省の望月晴文事務次官の一言である。望月次官は、産業界における技術の高さは、世界に誇るランクにあるとし、次のように続けた。「日本は技術で勝って、利益で負けている」これは本当に「オォ!」となった。」
4月は決算発表シーズンだったので、決算数字が新聞紙上をにぎわしていたがその数字を見てみよう。
まずは米国企業の純利益。IBMは約2400億円、アップルが約2860億円、
ジョンソン・エンド・ジョンソンが約4210億円、マクドナルドが約1020億円だ。一方日本企業ではリコーの連結純利益(米国会計基準)が250億円、
北海道電力の連結最終損益が70億円、大阪ガスの連結純利益が480億円、オムロンの連結最終損益(米国会計基準)35億円なのだ。
日米企業では利益の額が1桁違う。そして驚くなかれ。今決算発表されている日本企業の利益額が1年分なのに対して、米国企業の決算数字はⅠ-3月期のもの、すなわち、たった3ヶ月分のものなのだ。単純計算すれば1年間では上の数字の4倍になってしまう。
まさに望月次官のご指摘通り、日本企業は技術的には素晴らしくても儲かっていないのだ。日本は資源が無いのだから企業が儲からなければ国民が豊かになるわけがない。
そして、利益が上がらないことには法人税が下がっても意味がない。損失なら、法人税率下げなどもっと関係ない。
まずは利益を上げることを考えなければならない。それには円安が必要なのだ。
間違ってもらっては困るのは、「法人税率下げは必要ない」と言っているのではない。「利益を回復させ土俵に乗れた後」は低い法人税率は国際競争力上極めて重要だ。しかし法人税率を下げたから日本企業が世界と戦えるようになるのではないことの認識も必要だ。まずは円安にして国際競争の土俵に乗ることだ。土俵に乗って純利益が上がってから法人税減税は効いてくるのである。
ちなみに冒頭の「マーチ」の工場のタイへの移転であるが、円安になればこのような事態にもならない。円安は日本の労働状況も大々的に好転させるのである。
(フジマキな日々)
1.先週の朝日新聞土曜日版Be「やっぱりフジマキに聞け」は
http://www.asahi.com/business/topics/fujimaki/
でご覧になれます。
2. 6月4日(金)放送予定だった BS11「Inside Out」は当日、民主党の
総裁選が急に決まったため7月16日(金)22時00分~22時55分に延期になりました。お騒がせいたしました。申し訳ありません。
3.某・自動車メーカーのCM候補者4人の中に選ばれて、残り2人までに絞られ、私はその一人だ、と連絡があった。が、その後の連絡はない。
どうも、この段階で、はねられてしまったようだ。
もっとも自動車なんだから、はねられても仕方がないか。
4.フジマキタケシの2週間
5月28日(金)
オルセー美術館展2010「ポスト印象派」を綾子と見学
15時から毎日新聞社内で「BS11 Inside Out」の打ち合わせ
5月29日(土)
テニス
5月31日(月)
15時30分からテレビ東京「ニュースfine」出演。
キャスターは、以前「モーニングサテライト」のNYのキャスターをされていた佐々木明子さんだ。
家内・綾子は「今日のキャスターの女性は良かったわね。理知的で、私たちが聞きたいことをうまく引き出していたわ」と佐々木さんのことをベタ褒めだった。綾子は、いつもは評価が厳しく、これだけ褒めるのは珍しい。私への評価はなし。
北海道の荒木先生からもおほめのメールをいただいた。ありがとうございます。
「十分な時間があってキャスターの方もきちんとした受け答えができていたので、内容がわかりやすく伝わりました。モーニングサテライトによくご出演されていた頃をひさびさに思い出しました。」
夜 綾子と近所の和食屋「佐藤」へ。
6月2日(水)
朝7時に家を出て大阪へ。
大阪造幣局に理事長新原さんを表敬訪問。工場見学、博物館見学をさせていただいた後、従業員食堂でラーメンをごちそうになり、その後大阪毎日放送へ。
桜の通り抜けで有名な造幣局はまるで工場。工場見学も出来るし博物館は建て替えたばかりで、展示法も研究されていて、なかなか見ごたえがある。
5000数百万円相当の金塊が飾られていて、窓から手を突っ込んで触れてみたが、片手では重くてびくともしないことを実感。
工場見学は予約が必要だが、博物館は予約なしで見学できる。お勧め。とくに学生にはとてもよい研修先だ。大人にも十分面白い。
http://www.mint.go.jp/plant/index.html
このページでは貨幣製造過程の動画も見える。
工場では、自分たちが国の信用維持(貨幣)の根幹を担っているという誇りを感じた。従業員の人たちのモチベーションはかなり高いようだ。
また勲章や記念通貨も作っており、金属工芸という伝統技術の伝承のためにも重要だ、と感じた。ここの職人さんも誇りを持っていて頼もしい。
造幣局には朝日新聞土曜日版「やっぱりフジマキに聞け」の大ファンの方もいらっしゃってとても歓迎してくださった。ありがとうございました。
3時から5時まで大阪毎日放送「ちちんぷいぷい」出演。
午前中の鳩山・小沢辞任騒ぎで、番組構成が直前に大変わりしてスタッフの人たちも大変だったようだ。
街頭インタビューでは、大阪のおばさんの「鶴千年、亀万年、鳩は1年」という発言を拾っていた。
上手いこと言うな、ただ亀は亀井さんのことじゃないだろうな、と思っていたら亀井さんもその後、大臣をを辞任した。
6月3日(木)
本日をもちまして還暦。部下の女性陣からいろいろギフトをいただいた。真っ赤なパンツと「還暦の入ったお煎餅。
モルガン時代の部下の宇佐美さんがオフィスに遊びに来たので昼食を共にした。
偶然に前の秘書、知野見も来訪。赤いバラをいただいた。
宇佐美さんはオーストラリアに移住し、今はオーストラリア国籍である。
日本の政治談議もしたが「米軍に頼っているオーストラリアからすると日本の普天間に関する迷走は信じられない」と言う。「オーストラリアは人口が少なく自力で国を守れないので、米国に頼るのは常識だ」そうだ。私が「でもオーストラリアは、どこからも攻められそうもないと思うけど」と言ったら「仮想敵国はインドネシア」だそうだ。
午後5時から品川女子の特別授業参観。松たか子さん主演の東宝映画『告白』を題材に、元和田中校長藤原和博さんが特別授業をしたのだ。ちなみに藤原さんも
この日、弟の店「CRUM」のシャツを着て授業をされていた。
松たか子さんも授業に加わっていた。断わっておくが、松たか子さんが来るから私は参観しにいったのではない。参観のご返事をした後、松たか子さん来校のご連絡が漆校長先生から入ったのだ。でも、なにはともあれ、松たか子さんは、きれいだった。歌舞伎の閉場式の時にも書いたとおり私は彼女のファン。彼女が来るということでかなりの報道陣が来ていたが、生徒がその前で堂々と発言していたのには感心。私があの年代なら緊張で声が出なかったであろう。
翌朝、秘書の山田から「藤巻さん、朝の日テレ『ズームイン』に大きく映っていましたよ」と報告があり、一瞬喜んだが(番組に出演者として出ても何とも思わないが、相撲中継などに偶然映っているとうれしくなっちゃうのと同じ)、冷静になってみると、おそらく(私は見ていないので正確には分からないが)私の席の真後ろに短距離の為末選手がいたから、彼をアップでとらえた画像に偶然私が映っていただけだろう。
6月4日(金)
根津美術館館長&東武百貨店社長の根津公一さん夫婦、赤坂 前田病院理事長の前田京助先生夫婦と我が夫婦6人で食事@ 楳心果(バイシンカ)(目黒区八雲)
会話が弾み楽しかった。
ところで、ほとんどの方は知らないと思いますが、今建設中の東京スカイツリーは国のモノでも墨田区のモノでもありません。あれは東武の資本で建てているのです。すなわち東武のもの。
媒心果の和菓子職人の方が、根津さんと私が還暦と言うことで、デザートに赤い鯛を作ってくださった。
6月6日(日)
立命館大学 琵琶湖キャンパスで「ホームカミングデー」の講演。「社会人に望まれること」「今後の金融情勢」の2本立てで行った。並行して屋外ステージ等で歌手のコンサートや芸能人の漫才、チアガールの模範演技等が行われていたので、くそまじめな講演会に人が来てくれるか心配したが、ホールは満杯とはいかなくても、かなり埋まっていて感謝。
講演後、外に出た時、学生さんの一人から写真を依頼された。それを見てご年配のご夫婦を含め、多くのOBの方々が変わり番こに写真、サイン、握手を求められ感激でした。
立命館は、キャンパスが広く、美しい。帰りの京都駅までの列車では、講演会に参加者してくれた二人と方と合い席になり歓談しながら帰った。
6月9日(水)
経営同友会主催講演会@ANAインターコンチネンタルホテル。
6月10日(木)
本日から家内綾子がセンチメンタルジャー二ーでロンドンへ。朝、成田まで車で送って行った。これから8日間、ほぼ自宅に閉じこもり、書きものとクーの世話に集中することにする。実は、この綾子の旅行は、私が「銀婚式のことを完璧に忘れていた」ことへのおわび、です。
午後、成田から帰ってきてからほぼ半日で中央公論への記事8000字を書く。
6月11日(金)
ほぼ一日書きもの。夜、健太と中目黒の焼鳥屋
6月12日(土)
午前中テニス。午後、書きもの。夜、長男・健太、次男・弘と3人で焼き肉の叙々苑に。隣のテーブルの70歳ぐらいの紳士が丁寧なお辞儀をしてくださり恐縮。朝日新聞Be 「やっぱりフジマキに聞け」の愛読者の方であろうか?。
6月13日(日)
本日の笑点で円楽師匠の回答
「最近物忘れが激しくてねー。物忘れ防止の薬飲んでいるんですよ。えーと、えーと、なんていう名の薬だったっけな?」
