(臨時版)週刊朝日最終回。今回のプロパガンダの記事3は今の日銀がいかに危険かを示す重要記事だと思います。

2019年11月30日

1.週刊朝日「虎穴に入らずんばフジマキに聞け」最終回

8年間連載された週刊朝日「虎穴に入らずんばフジマキに聞け」が今週火曜日発売号をもって終了いたしました。最終回は「伝説のディーラーフジマキが最後に言いたいこと『日本は必ず復活する』」というタイトルで以下の朝日新聞出版社のページから、無料で読めます。

https://dot.asahi.com/wa/2019112700027.html

2.伊良部島はバブルか?

昨日、沖縄伊良部島から帰京したが、海岸線は高級ホテルの建築ラッシュで、まさに85年から90年のバブル期を思い出すような光景だった。全長3.5キロにも及ぶ伊良部大橋が完成したせいだと思うが、あの自然にあふれた伊良部島、そしてtouch&goの訓練用飛行場だった寂れた下地空港が様変わりしたのにはさびしい思いがしたのも事実。

3.福井元日銀総裁の口述回顧(いかに今の日銀が危険かがわかる重要記事)

2019年11月29日の日経新聞に福井元日銀総裁の口述回顧が載った。これは日銀金融研究所が16~17年に実施し、18年に内部向け非公開資料としてまとめたもので情報公開法に基づく請求を受けて開示されたものだそうだ。これを読めば 今の異次元緩和が、金融の専門家から見ればいかに危険で異常であることがわかる。福井総裁曰く「着任後は長期国債は買い増ししないとひそかに決めた」「私は、長期国債を抱えすぎて、あとでポートフォーリオのバランス上、非常に問題が起こる、あるいは財政政策との敷居が低くなりすぎるというリスクは避けようとした」福井総裁が2003年3月に着任した当時の日銀の長期保有額は58兆円。58兆円でも「もう増やしちゃいけない」と福井総裁が思っていたのにいまや469兆円なのだ。お、お、お、だ。

日経1面の解説では「(長期国債購入額は)量的緩和を始めた前任の速水総裁時代に大きく増え、月1兆2000億円ペース(藤巻注:年14兆円ペース)で、黒田総裁時代の国債購入(ピーク時)には年80兆円ペース、現在は購入額を減らして20兆円」との記述になっている。これだと現在の長期国債購入額は速見総裁時代と変わらない、と誤解、たいしたことないや、となってしまう。もう少し詳しい説明が必要だと思うので、ここに説明する。そうしないと現在の異次元緩和の異常さが伝わらない。私が銀行員だった時代(2000年3月まで)、日銀は長期国債をほとんど買っていない。短期国債ばっかりだから満期が到来する長期国債など無かった。だから速水総裁や福井総裁の時代の日銀の購入額は保有国債増加額と同じだった。しかし現在は満期国債分を再度購入しなくてはならない。80兆円や20兆円という目標は、保有“増加”額だ。日銀の購入額はそれに満期が来た分が加わる。だから平成29年度は96.2兆円をも購入している。速水総裁時代の月1兆2000億円ペース(=年間購入額14兆円)の購入額とはケタが違うのだ。国債発行額は141.3兆円 だから発行国債額の70%をも日銀が購入している。福井総裁も当時、出口を心配されていたが、当時の国債発行額は 139兆円 日銀購入は14兆円だから 日銀は、発行市場の10%しか購入していない。・市場の10%しか購入していない買い手が購入を辞めるのと70%が購入していた買い手が撤退するのでは市場の崩れ方のマグニチュードガ違う。現在は桁外れに出口が難しくなったということだ。私が出口はもうないうう理由の一つだ。福井総裁は国債市場が暴落したときの円への影響〔評価損〕も心配されていたのだと思う。中央銀行は、価格が大きく上下して例え評価損に過ぎなくても債務超過になるような資産を持つべきではない。福井総裁が「あとでポートフォーリオのバランス上、非常に問題が起こる」と懸念した理由の一つだろう。

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO52731340Y9A121C1M10600/

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52717060Y9A121C1MM8000/

 4・モルガンSがトレーダー解雇、100億円以上の損失隠した疑い

「なんて馬鹿な奴らだ」と思われるかもしれないが損しているときのトレーダーの受ける重圧は想像を絶する。私が部下に「優秀なトレーダーになるには血反吐を3回は吐かなくてはいけない」と言っていた理由だ。隠したくなる気持ちも個人的にはよくわかる。それを隠さないできちんと報告できる精神的強さが、ディーラーになるための必須条件ともいえる。そしてディーラーが「隠せない」と思うシステムの構築が最重要。彼らと、同じく30億円ずつ3日連続して損した私との差はきちんと報告したか否かに過ぎない。もっとも私は即大きな円形脱毛症が出来た(ただ名誉のために言えばその年も最終的に数百億円の利益だった)。ちなみに私が勤務していたのはモルガンSではなくIPモルガン。https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-11-28/Q1OVZ7DWRGG601?srnd=cojp-v2

5.中曽根首相他界

中曽根氏が首相の時、私はロンドン赴任中だった。サッチヤー改革のまっさい中で老大国英国が生まれ変わっているときだった。英国公共放送BBCは中曽根首相をしばしば取り上げた。いつも非常に好意的だった。日本の首相がこれほどまでに海外で評価されているのかと私は中曽根氏が日本の首相であることを日本人として誇りに思ったものだ。それだけの存在感のある日本も日本の首相も今はもう無い。寂しい限りだ。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52786800Z21C19A1EA2000/

6.所得と消費に広がる溝 滞る再分配、安定損なう

読み飛ばしそうな記事だったが、「藤巻氏をどうつなぎとめるか」という文章が、ひょっと目に入った。「え、つなぎとめるか?落選させたじゃないか(笑い)」と思って読んでみたら、やはり違う藤巻さん(写真)。NECの優秀な技術者で残念ながら息子でも親戚でもない。もっとも次男ヒロシから「NECに非常に優秀な藤巻さんという人がいて有名らしいよ」という話は聞いていた。「優秀な頭脳の争奪戦には日本の雇用システムでは無理」という記事の内容は大いに賛成。ただ再分配の話のところには異論がある。日本での貧困理論は相対的貧困と絶対的貧困の区別をしないでまま行われる。日本では格債は少なければ少ないほどいいような論調もある。経産省も使っている世界的な所得分類基準では富裕層とは世帯年間可処分所得が35,000ドル(380万円)以上、中間層とは5000ドル(55万円)以上35,000ドル(380万円)以下。低所得層は5000ドル未満(55万円)以下だ。日本の生活保護世帯すらも世界の富裕層だ。すなわち日本の格差論は世界の富裕層の中での話だ。絶対的貧困は絶対に無くさなくてはいけないが相対的貧困、格差はどこまでを認めるかをきちんと議論しなくてはいけない。格差がなければないほどいいでは社会主義国だ。ある意味、格差は努力の賜物でもある。結果平等では誰も働かない。日本では年収1000万円と年収400万円でも所得税の累進課税等を通じで格差是正を図っているが、私はそこまでの格差是正は悪平等ではないかと思っている。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52208030V11C19A1SHA000/