本文&フジマキな日々(伊豆高原、松江)
(本文)付録「フジマキな日々」は下の方にあります。
1. 週刊朝日の記事を書く際、記憶を新たにするため1989年12月の「資金
運用部ショック」の時の日経新聞をめくりなおしてみた。
よく「95%の国債は日本人が持っている。国債村の住人は自分たちの首を絞める結果となるから、国債を売り崩すことはない」という議論をする人も当時の新聞を見直してみた方がよい。
「22日の東京債券市場は、大蔵省資金運用部が既発債の買い入れ、新規債の引き受けを停止し、国債の市中消化額が増大することから、相場が急落(利回りは上昇)、国債の指標銘柄の203回利回りは業者間取引で前日比0.395%高い1.9%と昨年9月以来の水準に急伸した。」(1989年12月23日1面トップ記事)
1日に0.395%も上昇である。その日はその後のロンドン市場で、一時的ではあるが、さらに0.3%程も金利が上昇(価格下落)した記憶がある。
「『株式市場に例えると日経平均が1日で1割以上下がるほどの衝撃だ」22日の債券相場の急落(金利は急上昇)を見て証券会社のエコノミストの1人はこう語った』(1989年12月23日 3面)
「この日は前引けにかけて203回債に500億円単位の売り物が証券会社に持ち込まれた。証券会社が現物債の下落リスクを避けるために先物に売りを出したことが先物相場の急落につながった。」(1998年12月30日13面)
2. 今、日銀券は兌換紙幣ではない。すなわち紙幣は日銀に持ち込んでも『金
(キン)』には変えてくれないのだ。日銀券の信頼性は「日銀の政策の健全性」で担保されているというのが日銀の正式見解ではある。しかし、そうは言っても、日銀の保有する資産の健全性が大きく損なわれれば、日銀券という負債に見合う資産がなくなるのだから日銀券の価値は大いに落ちる。円安である。紙幣を持ち込めば金に換えうるという兌換制度のもとで、実は日銀が持っていた金が偽物だったとわかったら、日銀券の価値は急落するだろことを考えれば、おわかりいただけるだろう。
今、日銀の最大の資産は国債である。昨年末で143兆円の総資産額のうち90兆円もが国債なのだ。
国債が暴落すれば、円が急落すると私が主張する一つの説明だ。
国債が暴落すると、国債を大量保有する民間金融機関だけでなく日銀も円もおかしくなるのだ。Fasten the seat beltである。
付録(フジマキな日々)
1.1月27日(金)幻冬舎から「なぜ日本は破綻寸前なのに円高なのか」を発売いたしました。よろしくお願いいたします。
27日読売新聞、28日(土)日経新聞、29日(日)朝日新聞と幻冬舎が7割広告と大きな宣伝を打ってくれたので、出だしは、極めて順調です。非常に多くの方が持っていらっしゃる疑問に対する回答本だったのがよかったのかと思います。本日(29日)にはアマゾンで総合3位まで上昇しました。もっともアマゾンの総合2位は芥川賞受賞の田中慎弥氏の「共喰い」ですから、これ以上の順位上昇は無理だとは思います。
と書いたら文教堂のリアルタイムオンラインでは田中慎弥氏の「共喰い」を抜いて2位になっていました。自分でもびっくりします。
2.1月23日(月)発売の週刊朝日の連載「案ずるよりフジマキに聞け」は「欧米の大金持ちはもっとすごい」というタイトルで「スイスへ富裕層顧客の獲得のために出張した時のことである。応接室で待たされていたとき、緊張のあまりトイレに行きたくなって部下のナカガワ君に怒られた。『どうして前もってトイレに行っておかなかったのですか?お客さんの前で貧乏ゆすりを始めたら、預けてくれるお金も預けてくれなくなるじゃないですか?相手は大金持ちなんですからネ、貧乏はいかんです!』すみません、でも『貧乏ゆすり』で欧米人も『貧乏』を連想する?日本語の問題だけの問題では?」で始まります。
3.昨日のテニスの時、新聞に「聞いてビックリ」の読者投稿があったという話になった。「最近の若者は現代史を勉強しておらず、戦争のことを全く知らない。B29と聞いて、鉛筆の濃さだと思う。真珠湾と聞いて、(真珠の養殖で有名な)三重県にあると思う。英霊と聞いて、英国のお化けだと思う」だそうだ。びっくり。
4.フジマキタケシの1週間
1月20日(金)
勘三郎さんと坂東彌十郎さんの「身代わり坐禅」を見たさに平成中村座にアヤコと。雪が降り始めたせいか高速がいたるところ事故で、開幕ぎりぎりに飛び込む。
勘三郎さんと坂東彌十郎さんの「身代わり坐禅」は、高松の金毘羅歌舞伎で見たのが最初で、NHKで見したのが2度目、そして今日が3回目だ。二人の表情がとても豊かで、そこが見どころだが、彌十郎さんが前から3列目(かつ平成中村座は舞台と客席が近い)の席を取ってくださったので、細かい表情まで漫喫できた。まさに名人芸だ。
写真は楽屋で彌十郎さんの奥様と。(彌十郎さんには、撮影をお願いした。化粧を落としている最中だったので一緒に写っていただくのはあまりだったので)
彌十郎さんはスイスが大好きなのだが、昨日はスイス大使が、高貴なお方に連れられて楽屋に訪ねてきてくださったそうだ。「身代わり坐禅」は外国人にも非常にわかりやすいと思う。
夜は如水会館で高松の公認会計士・石川千晶さんをはじめとする一橋大学商学部岡本ゼミの後輩たち数人との飲み会。
1月21日(土)
一橋大学の期末試験づくり。
その後は雨が降っていたので、テニスをせずに、オフィスに行って仕事。
18時半より加森観光の加森さん夫婦からご招待でテニス仲間のナカムラさんと我が夫婦と5人で食事@六本木リッツカールトンの日本食レストラン「ひのきざか」。
加森観光はルスツスキー場を運営するなど、星野リゾートと並ぶ日本の2大観光運営会社。ナカムラさんから7,8年前に紹介を受けて以来、お付き合いをさせていただいている。
私の本に共感する部分が多いとおっしゃってくださっていて、私より私の本の内容を覚えてくださっている。私が昔よく講演でお話ししていた「強い国のリスク資産を買え。バブル時までは強かった日本の株や不動産に。バブル崩壊以降は黄金時代の米国の株や土地に投資した人が成功した」をまさに実践された方で、バブルのピークに危険を感じて日本のリスク資産を売り払い、米国のスキー場やゴルフ場の買収に出たのが加森さんの成功の原点だと思う。
ところで、イタリアを含めたユーロ問題についての解説をしていた時、加森さんいわく「沈没した豪華客船の船長が乗客を見捨てて逃げ出しましたが、あれこそイタリアそのものではありませんか?」鋭い!確かにそうかもしれない。
1月22日(日)
アヤコと冬休み中の長男ケンタと愛娘クーを連れて伊豆高原へ。
ケンタもクーが一緒だと私どもの旅行に付き合ってくれる。
雨だったので11時半に出発。走っているうち、雨が上がったので伊豆多賀の長浜海浜公園でクーを遊ばせる。朝の雨模様が嘘に思えるような穏やかな陽だまり。クーも嬉しそう。宿についてからは部屋の温泉を漫喫。
何度か来ている宿なのでクーは、リラックスの様子。
1月23日(月)
チェックアウトタイムまでゆっくり温泉を楽しんだ後、出発。近所の魚屋でサザエを5個800円で買ったあと(今晩も晩酌が進みそう)、まずは城ヶ崎海岸の海洋公園へ。そして熱川へ。熱川の海岸でクーを遊ばせたが、海は低気圧接近で荒れ模様。雪予報が出ていたので、降雪の前に東京に戻ろうと早めに帰宅。
1月24日(火)
名古屋証券取引所主催・木村証券共済の講演会。300人の講演会のはずだったが450人申し込みがあったとのこと。
ところで帰りの名古屋駅新幹線ホームで並んでいたら駅員2名とSPらしき人3人、お出迎えの方らしき方数人が、私が乗車しようとしているドアのところに立っていた。政治家でも来るのかな?3人もSPが来るのなら大物政治家かな?と思ったが、列車がホームに入ってきて電車内を見てもドアの向こうに立っている大柄な人は、どうも見たことがない。疲労でボーとしていたら、その男性の後ろで、一生懸命、私の方に向かって手を振っている方がいらっしゃる。私の後ろに出迎えの人がいるのかな?と、やはりボーとしながら思ったが私の後ろには誰もいない。で、ドアが開いて驚いた。高貴なお方だったのだ。もうびっくりした。目が覚めた。列車の中から私を見つけてくださり、ドアが開いたら、まず私にご挨拶くださったのだ。SP も驚いた様子だった。一番驚いたのは私だった。
翌日「昨日は驚きました。藤巻さんとは本当にいろいろなところで偶然お会いしますね」とのメールをいただいた。まさに同感、そして恐縮至極。
新幹線に乗ったら、今度は元プロ野球選手で今タレントの坂東英二さんが私の少し後ろに座っているのを発見。大阪毎日放送の「ちちんぷいぷい」でご一緒したことがあるので、ご挨拶をして「なぜ日本は破綻寸前なのに円高なのか」を差し上げた。
東京駅からは如水会館で開かれるG9の会に直行。一橋出身のマーケット関係者9人の定期的な飲み会だ。DIAM社長の中島さんが社用で珍しく欠席されたがあとは全員参加。元・農中の鈴木憲章さんの中山道一人旅の話が面白かった。本日は休肝。この仲間だからこそ(と言っても私と水野君が最年少)「休肝にします」と気楽に言えて、それを許してくださるのだ。もっとも石橋さんは、しきりに誘惑してきたが「この2週間、酒量が致死量に達しています」と頑として拒絶した。ディーラーには時には、このような強さも必要。
1月25日(水)
お役所の方が日本経済の現状に対しての私見を聞きたいとおっしゃるので
昼飯を食べながら経済談義@日比谷のプレスセンタービル「アラスカ」
夜は昭和25年生まれの集まりであるトラの会@赤坂瘻外瘻飯店。同じ歳というのは上下関係を感じないし、また約20人の会のうち4人は私と中学・高校が同じ(宮沢洋一参議院議員、宮沢君の秘書の牟田茂君、元日銀理事の稲葉延雄君)なので、この会は極めてリラックスができる。ちなみに宮沢・牟田・藤巻は小学校でも6年間同じ組。みずほ銀行頭取の塚本さんは休みだったが、あとのレギュラーメンバーはほとんど参加。いつも遅刻して参加される塩崎泰久衆議院議員も最初から参加して盛会だった。ただ根津美術館の根津さん(↓の写真、前列中央)のところで作っていただいた虎のバッチを本日はつけていくのを忘れたのは失敗。(最初の話題がそれだった。忘れたのは3人)
↑古賀さん(野村証券会長・前列左端)、ごめんなさい。また高橋さん(東急電鉄専務)何を私のことおちょくっているの?よって
↓ 訂正版(ハイ、息を吸って、止めて。パチッ)
1月26日(木)
14時15分発のJALで松江へ。明日の講演会に備えて前泊を依頼されたからだ。
日本海側が大雪で朝1番の松江行は「伊丹空港」に降りるか「東京に引き返す」
可能性あり、ということだった。昨年夏、北海道・女満別から飛び立ったのはいいが、台風で女満別にひき返した記憶がよみがえりゲッソリしたが、14時15分発のわがフライトは順調な飛行で松江着。ホッ。時事通信社の土屋松江支局長のお出迎えを得てホテルへ。6階の温泉に2度入浴。一人だったので生ビール1杯とお燗1合、部屋に帰ってから缶ビール(小)1本に抑える。
1月27日(金)
カーテンを開けたとたん宍道湖の日の出が目に飛び込んできた。クロード・モネの絵「ロンドンの国会議事堂」を思い出すような幻想的な光景だった。これを見ただけでこの講演を引き受けた甲斐があったと思う。午前中はホテルの部屋にこもって週刊朝日と日経ヴェリタスの原稿書き。13時半から15時まで山陰経済経営研究所(山陰合同銀行のグループ会社)主催の講演会。参加者約300名。
タクシーで宍道湖沿いを空港へ。小型のD90に機種変更ということで嫌な予感がしたが、羽田への降下中、左右にグラッときた。40年近く飛行機に乗ってきたが左右に振られたのは初めてだ。生まれて初めて乗った飛行機(ヨーロッパ便)でエアーポケットに落ちた時が一番怖かったが、ギクッと来たのはこれが2度目かもしれない。
17時35分羽田着。車を自宅においてから高校野球部の同期OB会@渋谷野川。18時からのスタートなのだが1時間半遅れて参加。私は高校時代、野球部ではないのだが毎回特別参加させてもらっている。ちなみに渋谷の、のんべえ横丁はレトロな感じが大好きだ。
水野君だったか鳥海君だったかが「フジマキは、その昔(モルガン勤務時代)、プロパガンダに『サントリーホールでまさに演奏が始まろうと静まり返ったその瞬間に私の隣に座っていた妙齢の女性がプっとおならをしてしまい、会場にその音が響いた。その女性は第1楽章が終わった途端に脱兎のごとく退出した。第1楽章の間中、針のむしろだったろう。かわいそうに』という話を書いていた」と話題にした。よくそんなつまらない話を覚えているものだが、それを聞いた関水君曰く「それはフジマキが悪い。藤巻は即座に周りの人に聞こえるような大声で『ごめんなさい』と言うべきだった。それがジェントルマンというものだ」さすが東大教授!それを受けて、元・大手建設会社勤務の馬淵君曰く『いや、フジマキは即座に、彼女より大きなおならをするべきだった。それこそ真のジェントルマンだ』
1月28日(土)
テニス
17時からANAホテルでのオーストラリア ソサイアティー主催のパーティー、ウィンターナイトへ。ANZ銀行の上西本部長のご招待だ。
食事をしながらentertainment、くじ引き、オークション、live band を楽しむ。
ブラックタイ指定のパーティーに出たのは東京では初めてだったと思う。(海外ではあったけど)
↑ブルース・ミラーオーストラリア大使・上西さんご夫妻と。
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