「とんでもないベクトルの変化」「とんでもないベクトルの変化」「バラマキ岸田と日銀の大罪」「円安は日本経済にいとっていいことなのか?」他

2022年11月10日

1.「とんでもないベクトルの変化」

何十年かまたは難百年に1度しか起こりえない中央銀行の破綻をこの場に至っても。まだ読み取れない人は、金融のド素人だと思うし、財産を増やすどころか守ることなど一生できないと思う。政策ミスのつけで国力が大きく棄損し、円高から円安へのすさまじいベクトル変化が起きている。

こんなにわかりやすいマーケットはない、と私が言う理由。こんなときに、デイトレードをしているのは愚の骨頂。

 

2.「本日発表のCPI の結果は?」

本日、日本時間夜発表の米国CPIは当面、マーケットの動向を支配することになるだろう。しかしとんでもなく低い数字が出ない限り、円安・ドル高、米長期金利上昇のトレンドを変えることはない。「0.5%の利上げを数多く行い、その結果インフレ抑制が遅れターミナルレートがより高く」なるのか「0.75%の利上げを何回か積極的に行い、ターミナルレートが前者より低くて済む」かの違いくらいの差だ。

 

3.「バラマキ岸田と日銀の大罪」

本日発売の「文藝春秋」12月特別号に載った拙文「バラマキ岸田と日銀の大罪」。「罪」の下につぶれたような文字が見えますが、それが私の名前。虫眼鏡がないと読めないのですが、唯一、文藝春秋の新聞広告のなかで名字が太字になっているのは私だけ(笑い)。「中央銀行はだんまりを決め込む一方で 財政が前面に出て 物価対策をするという異常な国があります それが日本です」「物価対策は日銀が前面に立つのが本来の姿です。財政で物価対策をしようとしている 現在の状況は正常とは言いがたいものであることを国民は認識しなければなりません」 「もっとも重要なことは パラまいたお金を最後に払うのは私たちだ、ということです。サッチャー風に言うと 私たちのポケットに政治家たちが手を突っ込み つかんだお金をばらまいているのです。 財源の大半は赤字国債ですがいずれ消費税の増税で賄われることになるでしょう。つまり他の誰かではなく私たち自身が負担することになるのです」「『金持ちから取れ』という人がいるかもしれませんが、 日本に大金持ちはほとんどいません。(中略) そうした層への税率を1%上げたところで 500億、400億円の増収にしかならない。 となれば 税収1%あたり2兆円の税収がある消費税頼みになるのではないでしょうか」

bunngeiharuaki

4.「円安は日本経済にいとっていいことなのか?」

最近、T 氏が「円安は日本経済にいい」と大きな声で主張しているがどう思うか?との質問が多く来る。T氏は「統合政府で考えれば日本の財政は健全」とのトンでも理論で紙幣を大量に刷らせ、その結果が円安が進んだら、今度は「円安は日本経済によい」などと言い出すようでは、もう何をか言わんをや、だ。

確かに景気が悪い時には円安はよい。しかしそれは日銀が健全で、円安の結果起きる景気過熱、インフレに対処する手法を保持している場合に限る。強力なブレーキがついているスポーツカーのアクセルを思いっきり踏み込むのは気分爽快かもしれないが、ブレーキが壊れたスポーツカーのアクセルを思いっきり踏み込むのは自殺行為である、」

 

5.「日銀が金融引き締めの手段を失った時の円安進行は、きわめて危険」

為替が景気操縦にいかに重要かは、もう何十年も本に書いてきている。長い間、私は円安こそ日本を救うと説いてきた、しかし、その主張は、最近では引っ込めている。その理由も何度も書いてきた。日銀が金融引き締めの手段を失った時の円安進行は、きわめて危険だからだ。11月1日発売の週刊朝日の巻頭記事を飾らせていただいた拙稿にも書いてあるので再掲する。

「本来なら、経済が弱まっている時には円安は望ましい。円建てで売るモノやサービス、日本人労働力は外貨に換算すると安くなり、 国際競争力が高まるからです 反対に 円が強いと 海外から輸入してきたモノやサービス、 日本人労働力の競争力は下がる。 景気を刺激したい場合には円安に、 加熱した景気を冷ましたいときやインフレ時は円高に振れるのがよい このため金融政策は 景気低迷時には緩和し 加熱時には引き締めるのが大原則です。 これは経済を安定させる上で非常に重要なこと。 しかし、 今は物価が上昇しても日銀は引き締めができない状況にあります だから円安は大問題なのです」

週刊朝日10

6.「リッチモンド連銀バーキン総裁講演」

リッジモンド連銀のバーキン総裁が 9日、「インフレ悪化やインフレ期待の上昇を金融当局は放置できない。景気悪化を恐れて手を緩めれば、インフレはかえって勢いを増して戻ってきて、より一層の抑制が必要になる」と講演したそうだが、これがFRBの大方の意見を代表することは、今までの数多くの総裁発言を聞いていればわかる。

それらを無視し、すこしでも景気悪化の数字が出ると「もうすぐ量的引き締めが終わる」との異常に楽観的な予想が出回り、多くがそれに追随するのは、まさに日本のバブル崩壊直後と同じ。ベクトルの変化を精神的に受け入れられず、楽観的な予想が出ると傷をなめあうがごとくになびいてしまう、単に「赤信号、皆で渡れば怖くない」の心境にすぎない。群れず、頭を切り替え、きちんと赤信号を守った冷静な人だけが生き残った。

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-11-09/RL39U2DWX2PS01

 

7「パチンコ操作に思う」

パチンコを最後にしたのは50年ほど前だと思うが、当時は釘師が毎晩、くぎを調整するのが当たり前で、その釘の曲がり具合を見極めるのが出玉の成果を決めると思っていたから、その操作が禁止されたとは、世の中変わったものだ。

私がパチンコをやったのは、主として高校時代。わが高校はパチンコもマージャンも許されていたし、スバル360(当時は軽免が16歳で取れた)での登校も許されていたが、喫煙とバイク登校だけは厳禁だった。パチンコや雀荘への行きがけに学校による生徒も多かった。受験指導は、ほぼ皆無だった。それでも不良化する生徒はほとんどおらず多くが東大に進学した(私が1浪で受験した年は、灘高より生徒数が断然少ないのにも関わらず同数首位。なお、私は東大は無理でした、トホホホホ)。悠仁親王はいい学校に入られた。

ついでながら私の卒業論文は「パチンコのシミュレーション」。大型コンピューターの中にフォートランでプログラムしたパチンコを作り、確率を変化させてパチンコ屋がどのくらい儲かるかを分析した。せっかく打ったパンチカードを持ってパソコンルームに持参する時に床に落とし、カードが霧散し涙したことも覚えている。その後、ビジネススクール時代、そのプログラムをPL1 で書き直して、「プログラム オブ ザ イヤー」を受賞したのもいい記念。しかし、息子の健太に「お父さんは当時、ITに関しては日本ではトップを走っていたと思うけど、その後、日本人全員に抜かれたね」と言われている始末。そこまで落ちぶれてはいないとは思うんだ」けど。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20221109-OYT1T50282/