1.「取締役会が株主の代表になることが欧米型に近いガバナンス」
7月15日の日経新聞に「『無能な社外取いらぬ』 株主総会で反対票相次ぐ、問われ始めた資質」とのタイトルの記事が載っている。
日本で取締役と執行役員が分かれたのは、2002年の商法改正からで、それまでは区別が無かった。
この商法改正は取締役という経営を監督する部署を設けてコンプライアンス機能を強化する目的だったのだろう。
これは私に言わせれば、格好だけ米国の真似をしたに過ぎず本来の資本主義国家の会社の仕組みガバナンス方法ではない。
米国では会社の持ち主は株主である(=これが本来の資本主義)のに対し、日本ではステークホルダーが沢山いて(経営者、株主、労働組合、メインバンク、地方政府)誰が会社の持ち主かわからない。
しいて言えば経営者だろう。社会主義的資本主義というかはわからないが真の資本主義国家の会社形態ではない。
米国の会社の取締役会は株主の会合だ。それがゆえに取締役のメンバーは大株主ばかりである。執行役時代にストックボーナスで大量の株を取得し取締役会のメンバーになり、会長になることが多い。
一方執行役員は勤労者のトップに過ぎない。社長はそのトップだ。取締役(=株主)のもとで業務執行に携わる。
不正行為があると自分たちの所有する株価の暴落の重要につながるから取締役会はコンプライアンス機能がおおいに発揮される。。
米国では会長が一番偉い理由である。よく米国金融界の論客として登場するJPモルがンチェースのジミーダイモン氏は会長でJPモルがンチェースの最高権力者だ。株主の代表だからだ。
一方、日本の会社の取締役会委員は社長等経営幹部が選んだ人たちで株などほとんど持っていない人が大半だと思う。株価を上げようというモチベーションも薄く、
不正行為防止のモチベーションも、自分自身の不利益(=株価が暴落する)に結びつかないからどうしても弱くなる。会社の経営陣の言うことを聞いて短期の高い給料をもらっていた方がよい、ということになる。
2.「故セシリア和田紀代子先生の葬儀ミサ・告別式@イグナチオ教会主聖堂」
先週14日(火)は四谷雙葉中学・高校の校長先生を長く勤め同窓会会長も長く勤められたセシリア和田紀代子先生の葬儀ミサ・告別式@イグナチオ教会主聖堂。
和田先生は私の叔母で雙葉で英語科の主任をしていた故水野千恵子の教え子(担任をしたクラス)で叔母を慕ってくださりよく結婚後の叔母の家に遊びにいらしていた。
叔母の葬儀(私の妹が喪主)@イグナチオ教会の際は和田先生がすべてを仕切ってくださった。
最初イグナチオ教会の3つの聖堂の内一番小さなザビエル聖堂でおこないたいとの希望を述べたところ、和田先生が言下に「駄目、卒業生がたくさん来るのだから、せめてマリア聖堂で行いなさい」と指示を出し神父様とそう決めてくださった。
私と妹は私が3歳の時に母を亡くし母方の祖母に引き取られたが、結婚するまでは叔母と叔母・水野に育てられた。
そのことをよく知っていらっしゃった故高峰信子管区長様が大変かわいがってくださり中学入学時にはお祝いに聖書関係の本などを送ってくださった。
小学生の時は毎年、朝の千駄ヶ谷のスケート教室に通わせていただいた。男性は大園先生と私のみだった。
中学の時は高校生の志賀高原のスキー合宿に連れて行っていただいた。この時も男性は大園先生と私だけだった(もっとも後に叔母が「後で高峰管区長様にしかられてしまったのよ」と言っていた(苦笑))
その時は先生方の部屋に寝泊まりしたが、和田先生、鏡先生、遠矢先生等がいらした。私が覚えているこれらの先生方や大園先生も、そして叔母も高峰管区長様も幼稚園時代とてもかわいがってくださったシスタージョンベルクマンㇲも亡くなってしまった。かわいがっていただき、大変楽しかった思い出も遠くになりにけり、だ。
寂しい限り。
和田先生は最近妹の近所に引っ越されてきたので、近かじかお茶しましょうねと話していたのに突然お亡くなったとのこと。
ご冥福をお祈りいたします。安らかに眠ってください。優しそうなお顔が目に浮かぶ。
(↓写真は妹久美子と)

3.林家木久扇師匠の新刊「人生は夕方からが美しい」
時々、我が家にいらしてぅださったり、食事を一緒にする林家木久蔵さんが「人生は夕方からが美しい」という新刊を出された。ひょうひょうと描かれた人生の指南書。
特に素晴らしいのは「そうやって貯金がたまると、今度はドル預金にします」というところ。本当は税金の関係でドルMMF がベストなのだが。




