1.「ウォーシュ氏がFRB 議長に選ばれたことで頭を抱えているだろう日銀」
ウォーシュ氏がFRB議長就任した。ウォーシュ氏は中央銀行のバランスシート縮小を強く主張する人として有名だ。
日経新聞も「FRBが持つ資産と負債を適正な規模に縮めることもウォーシュ氏にとって欠かせない改革だ。FRBのバランスシートは2008年のリーマン・ショック以降拡大を続けた。公聴会で『緩やかかつ慎重なプロセスを経て縮小していく必要がある』と明言した」と書いている。
――>「中央銀行のバランスシート縮小」と言えば、私がしばしば触れる1980年のボルカーのサタデイなナイトスペシャル(ボルカーショック)が有名だ。
ボルカーFRB 議長(当時)は利上げしてもちっとも収まらないインフレは「過剰流動性」のせいだと看破して、政策目標を政策金利ではなくマネーサプライの減少に変更した。FRBが金利を無視したせいで短期金利は24%、長期金利は20%まで高騰した。
失業率が高まる、経済が弱体化すると世間では大不評だったが、彼は政策目標を貫徹した。
おかげで強固なインフレは収まり、90年代の米国の繁栄は彼のおかげだとまで言われるようになった。
ウォーシュ氏の頭に中にはこのボルカー氏の成功が頭にあるに違いない。
インフレ抑制には中央銀行のバランスシート縮小が不可欠と世界のマーケットが認識しだしたとき、またはFRB がその政策を前面に出してきたとき、世界の中央銀行の中で間けた違いにバランスシートを膨らませている(対GDP比)日銀は窮地に陥る。他の中央銀行は縮小が可能でも、日銀には出来ない。
余りの影響のデカさに全てのマーケットがクラッシュしてしまうからだ。
日銀はバランスシート縮小を強く主張するウォーシュ氏がFRB 議長に選ばれたことで頭を抱えているだろう。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN22D0I0S6A520C2000000/
2.「他国中央銀行は日銀ほど金融論の教えから逸脱していない」
昨晩、以下のリツイートが私のX に来た。
「それって日本国債の話だけじゃなくないですかね」
以下のように回答した。
「他国中央銀行は日銀ほど過激なことをしていない。日銀は異次元に異常規模でおこなってきた。
たとえばFRBは、政府の国債年間発行額のせいぜい10%弱しか購入してこなかった。日銀は60%から80%.それもマイナス金利のものを含め、超低金利のものばかり。亡くなった昔の日銀総裁が生き返って日銀の惨状をみたら即ショック死してしまうだろうほど」
3.「日銀野債務超過はやがて解消されるのか?」
昨晩、以下のリツイートが私のX に来た。
「中央銀行は、通貨を発行できる、政府が資本注入できる、会計上の自己資本がマイナスでも業務継続できる。(植田総裁自ら説明していたように)金利が上昇して一時的に債務超過になってもやがて解消されていきます」
以下のように回答した。
「植田総裁がおっしゃるように日銀の債務超過は通貨発行益(受取利息ー支払い利息)によっていずれ解消されます。 しかし、いずれ、とはどのくらい先?20年さき?30年先? 0.75%ですでに始まっている通貨発行損は、金利をあげれば巨大につみあがっていく。 10年、20年.30年債は固定金利債だから満期が来るまで利息収入はふえない。一方、支払い金利はうなぎのぼり。 毎年、莫大な損を垂れ流す中央銀行など、世界中の人は信用しない。そんな中央銀行が発行する通貨など誰も信用しない。信じ続けるのは貴兄だけ」
4,「刷りまくってほぼタダで手に入る円を貴重なドルを売って手に入れる愚行。それが為替介入」
現在の日銀はタガが外れてお金を自由自在に刷りまくっている。そんな金を世界中の人は信用し続けるだろうか?円の価値が棄損していっている。
それが現在の円安の最大の理由で強烈な理由である。
ところで刷りまくってほぼタダで手に出来る円を(Xデイが来た後)原油、外国産農産物、医薬品購入で不可欠な貴重なドルで購入する為替介入って何なんだろう?
5.「JP モルガンで講義をしていた植田教授(現日銀総裁)」
1986年JP モルガン入社組から聞いたのだが、植田日銀総裁は、新人研修用にJP モルガンに来て講義をしてくださったとのこと
当時の東京支店人事部教育係の米国人女性ボニーウイリアムズがアレンジしたらしい。
それも英語での講義だったそうだ。JP モルガンに入港した新人は6か月のNY研修が必須だったが、その前に英語に慣れさせようとの発想だったようだ。
外国の大学や、植田さんのように、英語で授業をする(or出来る)日本人の先生方を尊敬する。
実は私も著名ビジネススクールのウォートンスクール(ペンシルベニア大学経営大学院)の教授から授業をしにウォートンまで来てくれないか?とお誘いを受けたことがある。
「貴兄は世界の投資家の間では充分に有名であり、さらに有名になる必要はないかもしれないが、学生の間にはまだ名前が浸透していない。我が校で教えて学生の間でも有名になるという考えはいかがか?」という何ともお尻がむずがゆくなるような招待状だった。
当然ながら、丁寧にお断りした。学生の間で有名になる必要は全く感じなかったし、それよりなんといっても、フジマキ”ズ イングリッシュ1時間半も聞く学生は地獄だろうからだ。
植田教授の英語と私の英語では天と地ほどの差がある。
ちなみにロンドン支店、パリ支店で私の講演会が開かれた時は(それぞれ100人以上の機関投資家やヘッジファンドの重鎮が集まった)事前に一所懸命、原稿を練った。「なにかユーモアないかな?講演の中でユーモアで笑い取れないと欧米人には頭悪いと馬鹿にされるからな~」とつぶやいていたら、それを聞いた部下の帰国子女のウスイ嬢が「大丈夫ですよ、心配いりません。藤巻さんの場合、英語の下手さ加減で充分笑い取れますから」とぬかしおったことがある。
6、「植田教授授業後のJPモルガンの英語研修」
私がJP モルガンの東京支店長になった時の人事部長はカレンアルツザーラという中国系米国人だった。フランス大使館に勤める外交官がご主人。
彼女が支店長室にステントフォン(今は無くなってしまったが拡声器付き電話)で話しかけてきた。しばし会話した後、「ボス、私の部屋に来てください」という。
「なんだ、上司を呼びつけやがって」とぶつぶつ言いながら彼女の部屋に入っていったら、彼女の周りを新入社員たちが囲んでいる。
そこでカレン譲曰く「皆、支店長の英語を聞いただろう、発音も文法も滅茶苦茶だけど、、信をもってしゃべっているから言いたいことが分かる。英語は自信をもってしゃべることが大切だ」とのたまったのだ!
(ちなみに私が自信をもってしゃべれるのはマーケットの話の時だけなのだが
ボスを教育の題材にするな!おちょくるな!
ボニーの英語教育とカレンの英語教育とのえらい違い(とほほほほ)
7.「JP モルガン時代の直属の部下小林保子さんのお通夜」
JP モルガン時代の部下小林保子さんが亡くなられて昨日はお通夜に行ってきた@町田綜合斎場
保子さんはJPモルガンを辞められた後、大学院に行き大学教授を務められた才女。
私が為替資金部の課長レベルの時の直属の部下だった。旦那さんの亮君も直属の部下で、仲人は私共夫婦がやらせていただいた。
どんな困難にも二人で立ち向かうオシドリ夫婦だった。
62歳、あまりにも若い。人生の無常を感じざるを得ない。涙が止まらない。合掌


