(以下の1~3は昨日の日経新聞速報が出た直後にX に書いたツイート
1.「日銀、6月利上げ1.0%へ 国債買い入れは減額停止で調整」
わ、これが本当なら予想どおり。ドンぴしゃり。昨日のエコノミストのインタビューでもそう予想したし、本日、午前中に録音のあったラジオ日本放送「渡邉美樹の5年後の夢を語ろう」でもそう予想した。 SN Sでも何度かそう書いてきた。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB018Q80R00C26A6000000/?shem=rimspwouoe
2,「ブレーキとアクセルを同時に踏む政策」
日銀の「利上げと量的緩和の再加速」はまさにブレーキとアクセルを同時に踏む政策で、もう滅茶苦茶。 日銀がついに追い詰められる限界まで追い詰められておできに絆創膏を貼って爆発を抑え酔うと必死になっている姿だ。 日銀はこっそりとこの1年間で保有国債を減らしてきた。しかしまだこの1年間の7倍ほど減額しなくてはならない(そうしないと世の中お金ジャブジャブで円の価値が毀損し続ける。円安、インフレ継続). しかしながらこれ以上、長期金利が上がると金融危機が発生、日銀自身の存立危機、円に紙屑化となるから緩和再開で長期金利上昇防止は不可欠。 しかしそれだけだと円のさらなるばら撒きで大胆な円安進行。 円安進行をいくらかでもマイルドにしたいから政策金利を限界の0.25%だけ上げるという政策をからめる、という話。 しかし0.25%の利上げなど、量的緩和に比べれば、豆鉄砲。鳩くらいしか目を丸くしない。 円は暴落、物価上昇が凄まじくなり、長期金利暴騰、日銀と円の危機。
3.「6月の利上げは最後に利上げになるかも、それ以上は日銀の信用失墜のリスクが大あり」
しかも悪いことにこれが最後の利上げとなるだろう。マーケットがそれを理解すれば円と長期債は暴落する可能性が高い。 最近発表された令和7年度日銀決算ではすでに2000億円の通貨発行”損”が発生している。受取金利が2.5兆円に対し、支払い金利が2.7兆円だったからだ。 政策金利が令和7年度の4月から11月までは0.5%だったからた。12月から3月までが0.75%だったのだ。 年度通年が0.75%だったなら通貨発行”損”は更に大きくなっていた。 ましてや1%にでもなれば2兆円以上の損の垂れ流しだ。異次元緩和以前の日銀の年間純利益1兆円から2兆円に比べても充分にでかい数字だ。それ以上の通貨発行”損”を出す中央銀行が発行する通貨を世界が信用し続けるかは極めて疑問た
4,「トータルのGDPより一人当たりのGD`の方が大切?」
昨日、私のX に以下のリツイートをいただいた。
「いつまで経っても人を増やすみたいな政策を重視してるのではなく、人がどんどん減っていくことを前提とした政策、要は、トータルのGDPではなく、一人当たりのGDP最大化するような政策をとっていれば、こんなことになってなかったと思うよ」。
以下のように回答した。
「私も朝日新聞土曜日版「藤巻兄弟」や週刊朝日「フジマキに聞け」で盛んにそれを主張していました」
5.「円の紙くず化の防止策は?」
昨日、以下のリツイートが私のXに来た。
「初めまして。いつも拝見させていただいております。感想なのですが、円の紙屑化のことをおっしゃっておりますが、何ら対策的な発言がありません。これは、すでに手の打ちようがないということなのでしょうか?失礼ですが、
以下のように回答した。
「言ってるよ。財政ファイナンスはじめたら円の紙屑化は不可避だからやめろ、と。財政ファイナンスをやめるしか紙屑化を防ぐ手段はないのは理論的にも歴史的にも証明ずみのこと。国会でも年柄年中、黒田日銀を攻めていたつもりでしが。 ことここにいたっては自分の財産は自分で守るしか無いステージ」
6.「モノ+サービス収支、所得収支、経常収支」
私のX に以下のリツイートがきた。
「所得収支は大幅黒字です」
以下のように返信した。
「所得収支は黒字でも再投資され配当金や利息はあまり日本には戻ってこない。すなわち見た目ほど円高ドル安要因にはならないと、私は30年来申し上げている。
そういえば2001年だったかに出した藤巻健史の実戦マーケット集中講義) (光文社)では「新聞がいつも経常収支黒字の枕詞として7モノやサービスの黒字を表すと書いているがそれはやめろ,経常収支が黒字なのは、所得収支が貢献しているからであり、多くの年はモノ+サービスは大幅赤字である」と書き断るごとに話していたが、最近ではやっとその枕詞が消えたようなようだ。インバウンドでサービス収支の黒字が大きくなってきてはいるのだが」
7.「秀逸」
昨日、私のX に以下のリツイートをいただいた。
「藤巻健史の実戦マーケット集中講義は秀逸。社会人はもちろん学生も読め。
以下のように返信した。
「ありがとうございます。発売当初数年間は某メガバンクが新人教育用に毎年何百冊ずつ買ってくれていたと聞いております」
8,「テニスコートや暖炉のある生活をしたい」
日経新聞「私の履歴書」は今、大河原毅日本ケンタッキー社長が執筆者だ。
氏は裕福な家に生まれ栄光学園に進んだが家業が傾き、貧しい少年、青年時代を過ごした。
読んでいると彼の原動力は「豊かになりたい」という強烈な向上心で、連載の中で何度も「テニスコートや暖炉のある生活をしたい」との著術が出てくる。
6月8日の第8回にも「ここで成績を上げれば海外駐在もあり得るぞ」と囃(はや)してくる先輩もいた。自分もその気になっていたが、たまたま見てしまった部長の給料袋の数字に、夢から現(うつつ)に引き戻された。「この給料ではテニスコートや暖炉のある生活は無理だ」との記述がある。
この「物理的に豊かになりたい」との大河原氏の向上心は欧米で生活し学び仕事をしてきた私には、欧米人のそれそのものだと思える。
米国の経済発展の原動力だ。
世界の天才も成功すれば豊かになれる、相続税もなしに等しく子供に財産を残せる米国に集まり、素晴らしいシステムを作りあげ米国民全体の生活レベルをひきあげておる。
結果平等主義の日本にはその原動力がない。働くモチベーションがえらく違いのだ。
モルガンに勤めていたころ、新幹線や飛行機の中でパソコンをたたいているのは私のほかにほんの1人か2人に過ぎず、多くは寝ているか漫画を読んでいた(今はだいぶ違っているようだが)。
一方、米国人は、ほとんどのビジネスマンがパソコンをたたいて仕事をしていた。
成果が上がれば収入が上がるからだ。
モルガン時代は出張の際の飛行機はファーストクラスで電車はグリン車だったから周りは国を引っ張る指導者レベルだったはずだ。
国を引っ張る層の働き方がこれほどに違ったのだ。。
指導者にこれだけ差があるのなら日米の国力に差が出るのは当たり前だ、と思った。それが今、その通りになっている。
格差是正を金科玉条にしていれば日本人は平等に貧乏になり、国は3流国、4流国流国へと落ちていく。
相続税で富裕者を引きずりおろしても貧困層が豊かになるわけでも成功のチャンスが増えるわけでもモチベーションが上がるわけでもない。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC183DP0Y6A510C2000000/
9.「若者よ、井の中の蛙になるな。日本の常識は世界の常識ではない」
私は父は「蛍光灯に触ると感電する」と誤解していたらしく蛍光灯を取り替えようとすると「気をつけろよ」とよく注意されたものだ。その父は当時、蛍光灯の主力メーカーでもあった東芝勤務だったのだ。文科系とはいえ、よくこんな誤解をする父を東芝は採用したものだと思う)でもとんでもなくすばらしいオヤジだった)。
少年期、私は、蛍光灯とはとても明るく、戦後復興のシンボルであり、近代国家の証とさえ思っていた。「明るいナショナル、明るいナショナル」というナショナルのコマーシャルソングも「蛍光灯は最先端近代国家の証」とのイメージを作ったのかもしれない。
私の年代の多くの人たちは同じような感覚を持っていたと思料する。
その蛍光灯が一般照明用は2027年末までに製造・輸出入禁止になるそうなのだ。
少年期には、こんあときが来るなどとは想像だにしなかった。、実は我が家は2000年頃から蛍光灯は全く使っていない。欧米で暮らすと、欧米人は「ろうそくや暖炉の色である暖色の自然光こそが文化の香りである」との認識でを持っており、蛍光灯は蔑視されていることを理解したからだ。実際、使ってみると、たしかに自然光の明かりを使っている方が心が落ち着く。
釧路市の川沿いはロマンチックだが、それは街路灯が暖色の自然光であるが故だろう。
また私の知っている欧米人たちは、皆電柱を極端に嫌う、アグリーとさえいう。
このような小さいことでも「日本の常識は世界の常識」ではない。
国力の低下や円安で、ますます海外に出ていく若者は減っていくだろう。ゆえに一層、井の中の蛙にならないよう気を付けたいものだ。
10,中学クラス会&木村英雄東大名誉教授お別れ会
先々週の土曜日(5月30日)は東京教育大学附属(現筑波大学付属中学)中学のクラス会@代々木倶楽部。代々木倶楽部は昔は新日鉄の接待用施設だったと記憶している。
40名中13名が参加したが、近況報告では他の同年齢のクラス会同様、病気の話が中心。
(↓左から箱崎美智子東大名誉教授、藤巻健史終活者、宮沢洋一参議院議員、岡本真理子眼科医)


(↑ クラス会に集まった13人の集合写真。幹事の内山さん(左前列向かって右側)のお譲さんは一橋大の学生の時、私の授業を取ってくれていた。最近までブラックロック勤務、ちなみにブラックの現在の日本法人社長はJP モルガン時代の私の部下の橋本幸子さん)
ところで2階の部屋に着いて席に座ったら隣に座っていた宮沢洋一君(参議院議員、前自民党税制会長)が「下の階で『木村秀雄先生をしのぶ会』」というのをやっていたけど、まさかあの木村じゃないよな」というので、ウィキペヂアでチェックしてみた。
東大の人類学者木村秀偉名誉教授は昨年10月にお亡くなりになったとある。え、知らなかった。ショック。それではと、箱崎美智子東大名誉教授と橋本君が下の階に聞きに行ってくれてやはりあの木村英雄君だと確認。
わが校は、小学校も中学校もクラス替えはなく宮沢君も私も6年間木村君とは同じクラス。本日の中学のクラスでは小学校の同じクラスが4人いたし、中学や高校で木村君と同じクラスだった人もいた。
小学校の時は、木村君と私は大の親友。彼の富士見台の家にしょっちゅう泊まりに行き、キャッチボール、卓球、野球盤でよく遊んだものだ。
そこで献花をしに階下に行った。東大合気道部の部長先生をしていた木村名誉教授を合気道部のお別れ会だった。
コロナ前、赤坂の中華料理屋で行った小学校のクラス会で会ったのが最後になった。
奥様もいらしたのでご挨拶をした。奥様とはお会いしたことはなかったのだが、あいさつする前に「あ、フジマキさん」と声をかけてくださり、しばし思い出話。
泊まりに行ったとき、よく卓球等を一緒にやった弟さん(武蔵中に行った)は今日はいらしているのですか?と聞いたら、2年前にお亡くなったとのこと。これまたショック。木村君のお母様や御父上も優しい方だった。お父様は鹿島建設で日本で最初の高層ビル京王プラザの建設責任者で、よく建築のお話を聞いた。またお父様が監督をした久里浜の火力発電所の見学にも連れて行ってくださった。
脱線するが、この時、電車の運転手の真後ろに立って外を見ていたら、電車が踏切上で立ち往生していたトラックともろにぶつかった。フロントガラスが飛んできたので必死で後方に逃げようとしたのだが、帽子がひっかかって逃げられなかった。冷静に考えれば、当然、帽子などほっぽり出して逃げるべきだった。自身のとっさの判断力にしばらく疑問を持った。ものだ。
客室との間のガラスが割れなかったので客室までガラスに破片は飛んでこなかったが運転手を目いっぱい浴びていた。それにしては地を流していなかったので安全ガラスだったのだろう。
木村君のお蝶様はそんな思い出とも結びついている。
文芸春秋の同窓生交換で、クラスメートとし「て宮沢君と私」が載ったが、本当は木村君も一緒のはずだった。現地調査でボリビアかどこかの原住民と一緒に生活中ということで一緒に出られなかったのは残念。合掌・友人が世を去り始めた。無常を感じる。合掌。


