「長期金利上昇」「日本生命社長、国内債の含み損大幅拡大-解約に備えた検討急務」「計画経済の崩壊近し」,「為替介入資金調達のための日本のドル国債売りの連想は?」他

2026年07月02日

1.「長期金利上昇」

円安進行が一時的に止まればこんどは長期金利高が進行中。本日は6.5bp上昇して2.77% に上昇。直近の高金利に接近中。これ以上、上昇してくると株価の足を引っ張るだろうし、中小金融機関、生保そして何よりも日銀財務が心配となる。計画経済でなんとか抑え込んでいたいろいろなマーケットが日替わりで危機防止堤防を越えて来そう。

 

2,「日本生命社長、国内債の含み損大幅拡大-解約に備えた検討急務」

お昼のBloombergニュース

https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-07-02/THJ0HST9NJLT00?srnd=jp-homepage#gsc.tab=0

 

3,「為替介入資金調達のための日本のドル国債売りの連想は?」

夕方の為替介入(だと思われる)の後、わずか2BPだが、米国長期金利が上昇した。 今晩、欧米陣が為替介入資金調達のための日本のドル国債売りを連想するか否かは注視すべきですね。

 

4「計画経済の崩壊近し」

昨今の日本の市場は、「典型的な計画経済崩壊の幕開け」だと思っている。衝撃は大変なものになるだろう

私がマーケットのど真ん中にいた頃は米国ほどではないにしろ日本はまだ「市場経済」の範疇で、為替、金利、株価はファンダメンタルズからかけ離れれればマーケットが微調整をてくれた。

しかし現在の日本市場では日銀が日本一の大株主となり、長期国債市場では日銀が絶対的な巨人となり、為替市場で度重なる巨額介入が行われている。

The 計画経済国家となり果てている。私が現役の時とは様変わりである。

このように市場原理が働かない政府や中央銀行がマーケットを牛耳ると膿はたまりにたまって、最後に大爆発する。歴史の教えだ。

財政規律の無視で溜まった借金で日本は財政破綻危機に陥っていた〈2010年代初め〉。その危機を財政ファイナンス(=異次元緩和)で先送りをした・。

日銀が日本一の大株主になり、長期国債市場では日銀が絶対的な巨人となり、為替市場で度重なる巨額介入が行われるようになったのもこの時からである。市場経済に「さよなら」をしたのだ。

おできが極限まで来ているのに、それを理解しない政治家が、おできをさらに膨らませようとしている、尋常ならざる大爆発となろう。

長期金利高、円安は始まったばかり。株も時期は他市場より遅れても、どこかで崩壊すると思っている。

先日の夕食会の際、村上元総務大臣に「何故トラスショックのようなことが日本では起こらないのか?」と聞かれたが「政府・日銀のマーケットへの介入が強烈だか」と答えた。しかしそれはおできを更に大きくし、膿が大いに溜まっていることを意味する。爆発時の衝撃はすさまじい。とんでもないX デイが来るだろう。

 

5,「4年後も金融市場は引き続きじゃぶじゃぶの資金状態」

昨日アップされた元日銀理事・山本謙三さんのブログ

山本さん曰く

「この国債残高(日銀の資産)に対応する「日銀当座預金+その他預金(注)」残高(日銀の負債)は300兆円~320兆円程度と推定され、4年後も金融市場は引き続きじゃぶじゃぶの資金状態にあることを示している。

異次元緩和の巻き戻しは、容易でない」

「その行き着く先は、中央銀行が恒常的に国の資金繰りを支える構図であり、市場経済における政府と中央銀行のプレゼンス拡大である。これこそが、異次元緩和の開始当初から懸念されてきたリスクだった」

「改めて問われているのは、異次元緩和下の「事実上の財政ファイナンス」を日銀としてどう総括し、どのような教訓としていくかである」。

4年後も金融市場は引き続きじゃぶじゃぶの資金状態――>物価上昇は継く(=日本のお金の価値は棄損し続ける=円安)、国民は苦しい状態を覚悟しなくてはならない。それが嫌なら日本のインフレ進行で高くなるものを買ってヘッジせねばならない。それはドル(=円安ドル高)

https://www.kyinitiative.jp/column_opinion/

 

6.「『今回は違うー>やっぱり昔と同じだった』の繰り返し」

以下のリツイートが私のX に来た。

「そもそも、1970年付近とそれ以降とで、背景がまったく違うのに、それ比較対象としてみてるのはナンセンス。 これで伝説のトレーダー(笑)」

以下のように回答した。

「なに言っているのやら。知ったかぶりをしない。 1970年代のマーケットと今とでは確かに全く違う。 1980年に私がディーリングルームに入った時の三井信託資金為替部には為替課長席に一台、信金課長席に一台の端末スクリーンしかなく、我々は取引をするたびに現状のマーケとを知るためにいちいちそこに見に行ったものだ。シンガポールと東京には金利で4分の1%くらいの金利差があり英語が出来ればその違いを利用して裁定取引が出来たものだ(もっとも米銀に移ったら、いくら儲かっても薄利でバランスシートを使うのは犯罪者のように怒られた) 米国債は源泉税の問題で米国内でしか流通していなかった。ロンドンで米国債先物市場が出来た1982年だったか83年だった頃医は、米国市場が開くまでは取引は極少額。半分は私の取引だった。 そんな時代から今のマーケットが違うのは当たり前。しかしマーケットを動かすファンダメンタルズの捉え方は変わらない。 マーケットが整備され、流動性が増えた1985年以降くらいのマーケットはあくまでも現在と同じ。 金融理論自身が変わっていないから当然。 そして、何度も「今回は違う」という言葉を吐く人が現れるが、必ずや「やっぱり昔と同じだった」との結論になっている。 そして「今回は違う」と言っていた人はマーケットから大ダメージを受けて去っていった」。