通常版(久しぶりの通常版)

2019年11月03日

 

IMG_4520

久しぶりの通常版です。20分前に臨時版も更新しています。そちらもお読みいただければ幸いです。

付録「フジマキな被疑」は下のほうにあります。

(本文)

1.システム管理者変更

システム管理者変更に伴い、しばらく更新をしなかったことをお詫びいたします。

 

2.「日本破局」の危機感はどこへ…フジマキが今でも“あおる”ワケ

10月4日発売号の週刊朝日連載「虎穴に入らずんばフジマキに聞け」は「「日本破局」の危機感はどこへ…フジマキが今でも“あおる”ワケ“」というタイトルで朝日新聞書のホームページから無料で全文読めます。https://dot.asahi.com/wa/2019100200070.html

3.訪日の理由は「安いから」 世界に取り残され日本の弱体化が顕著に

10月11日発売号の週刊朝日連載「虎穴に入らずんばフジマキに聞け」は「訪日の理由は「安いから」 世界に取り残され日本の弱体化が顕著に」というタイトルで朝日新聞書のホームページから無料で全文読めます。https://dot.asahi.com/wa/2019100900050.html

4.「消費税1%引き上げ、相続税廃止で日本が再興する?」

今週発売の週刊朝日連載「虎穴に入らずんばフジマキに聞け」は「「消費税1%引き上げ、相続税廃止で日本が再興する? フジマキの意見」というタイトルで全文、無料で読めます。いろいろご意見はあるとは思いますが。ちなみに転載されたMSNの総合欄では「日本がダントツのビリ 税制が要因か」とのタイトルになっていました。https://dot.asahi.com/wa/2019102300015.html

5.ドルは避難通貨か?それとも安全通貨か?

最近ロイター記事を読んでいると、何か問題が起きると「安全通貨ドルが買われ、ドル指数が上昇」と言う記事が散見される。しかし対円に関してだけは、ドルが売られるのだ。円が世界最強の安全資産だと世界で思われているのか?円とはあくまでも日銀の債務である。こんなにぼろぼろの財務内容の中央銀行の負債が最強のわけが無い。最悪だと言うことがもうすぐ明確に世界に知れ渡ってしまうと私は思う。

6.毎日天から降ってくる円がいつまでも強いわけがない

いまだに、毎日、毎日紙幣を刷りまくっている国(=正確には中央銀行当座預金の増)は日本だけである。バランスシートを毎日膨らまし続けている国は日本だけである。なぜドルを売ってまで円を買う必要があるのか?わざわざ買わなくても、日銀がどんどん刷ってくれているではないか?

7.いまだに円高論者がいるのは?

8日付の「大樹小機」を読んで驚いた。まだ円安信奉者(「円安是正論者」がいるようなのだ。世界中が自国通貨安戦争をしているのに、又、トランプがしばしばドルが高くなりすぎるとFRBの金融政策を非難しているのに、なぜ日本だけは自国通貨高がいいのか?日本は世界唯一の特殊な国なのか?自国通貨高が必要なのは(特に完全雇用による)インフレ抑制、景気過熱を抑えるときだけだ。https://www.nikkei.com/article/DGKKZO50713420X01C19A0EN2000/

8.農業補助金

日米貿易協定の結果、国内の農林水産物の生産減少額は約600億円~1100億円で、政府・与党は国内農業の支援策を年内に取りまとめるそうだ。こんな数字は補助金支給のためのエクスキューズに過ぎない。円安が進めば貿易協定があろうが生産は増える。外国産が高くなり国内産の競争力が高まるからだ。これらの資産は為替が一定と言う条件で、国内産農産物の競争力に一番影響するのは為替だ。円が安くなれば国内農産物の競争力は高まり生産は増える。https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51136470Y9A011C1EA4000/

9.中国経済減速

「娘の健康が心配で、心配で(97歳女)」という(確か)毎日新聞に載った川柳を思い出す。中国の実質GDPが前年同期比6.0%に下落し、来年のGDPが2010年比倍増するという目的が達成出来そうもないという。達成できなくても立派ではないか?日本の実質GDPはこの10年間で1.1倍にしかなっていないのだから。名目GDP比では中国は2.4倍近くになるのに日本は1.1倍。2010年に名目GDPで日本は中国に抜かれたと大騒ぎしたのに今では中国のそれは日本の3倍。中国のことを心配するより日本の心配では?https://www.nikkei.com/article/DGXMZO51135960Y9A011C1EA2000/

10「すでに財務危機と現状認識を」

10月9日付け日経新聞の経済教室は植田健一東京大学准教授の「すでに財務危機と現状認識を」と言う記事だ。植田准教授の認識でも、まだ甘く、事態はより深刻だとは思うが、よく書けている論文だと思う。「広義の債務で言えば日本は債務危機のまっただ中に10年以上ある。従って債務危機は起きないという現状認識での議論や、まだ起きていないという現状認識に基づく議論は、ロジカルに構築できても、現実と合わない。むしろこの債務危機からどのように最小限のダメージで抜け出るかという議論が必要だ」「日本の家計はまだ財政に頼ってよいといった甘言をつぶやく外国の学者や政治家も多いが、注意すべきだ。彼らの国のために良いことを言っているにすぎないことが多々あるからだ。他の先進国の外需拡大政策への協力のために、国家債務危機にある日本が財政出動をする必要はない」同意!https://www.nikkei.com/article/DGXKZO50740780Y9A001C1KE8000/

11.リブラの将来

10月22日の日経新聞に乗っていた松本大氏のコメント「リブラ自体が残らずともパンドラの箱は開いた」「マイナス金利下にある日本はデジタル通貨が有効な政策手段になる」同意!特に後者は、私の主張そのもの。日銀が政府の紙幣印刷所から金融政策決定機関に戻る唯一の手法。https://www.nikkei.com/article/DGKKZO51223010R21C19A0EE9000/

12.デジタル通貨に前向きなカーニー英イングランド銀行総裁

10月17日の日経新聞にカーニー英イングランド銀行総裁とのインタビュー記事が載っていた。総裁は「常に使用が可能であり、個人情報が厳格に保護され、マネーロンダリング(資金洗浄)対策を完備しているなど」との条件が満たされるのであればとの条件付きではあるが、「英中銀はデジタル通貨などには、国内外の決済機能を改善させ、無用なコストや非効率を減らす可能性があると考えている。特に個人や中小企業への恩恵は大きくなりうる」と述べている。日銀や日本政府よりはるかに積極的だ。このままではインターネットに続き、次の革命と言われる暗号資産でも日本は世界に後れを取る。https://www.nikkei.com/article/DGXKZO51042890W9A011C1TCS000/

 

(付録)フジマキな日々

1.帰国便で悪戦苦闘(ハワイ行)

ハワイに10日ほど行ってきた。仕事(@マウイ島)があったので、その前にホリデー(@ラナイ島)をつけた。台風19号が通り過ぎた後の帰国のはずだったが、帰国便の機材がこなくて、帰国の便を確保するのに、もう滅茶苦茶だった。最後の2日間はつながらない電話とwebとの格闘だった。(オアフにいるのなら空港に押し掛けたのだが、マウイからだとお手上げ)当初計画だと13日の帰国便だったのだが19日の便しか空席がないとのWEB表示を見て焦った。翌日525人乗りエアバス臨時便が出て、何とかそれにもぐりこんだ。ただ当初予定された6日間の延泊を嫌いなホノルルでなにもせずに過ごすのは嫌だと、カウアイ島のホテルを予約をし、クレジットカードでデポジットを払い、レンタカーを借り、島間の飛行機も取った。ところが臨時便が出るとのことで、今度はカウアイ島のホテル、レンタカー、島間飛行機のキャンセル料の交渉をせざるを得ず、あ~疲れた!!(おかげさまで最小のキャンセル料で済んだ)それでもホテルで言えば、最低限1日分は払わざるを得ず、その上、ホノルルで新規にホテルを取るのも余分の金がかかり、あほらしいので、カウアイ島にはまさに、(結果として)夕食を食べだけ出かけた。国内便での荷物検査に1時間、飛行が40分、レンタカーを借りるまでに45分、ホテルまでの運転が1時間で夕方、やっとホテルにつき、翌朝は5時に起き、同じプロセスを経て、でホノルル空港に戻った。カウアイ島の夕日はきれいだったのが唯一の救い。仕事だったから、マ~しょうがないかと思えるが、これがホリデーだったら散々もいいところ

(↓3枚はラナイ島の中心街 ラナイシティー。3枚目は夕食を食べに来た町のレストラン)。

IMG_4691IMG_4687IMG_4696

2.ラナイ島のパイナップル畑

ラナイ島では、たたのんびりするだけ。ただ1度、ガイドをつけて乗馬には行った。30年前にマウイ島から、船で日帰りのラナイ島クルージングに行ったことがあるが、当時はパイナップル畑と古い町lanai cityしかなかった。今は、ビルゲイツが結婚式を挙げたホテルも出来て観光の島になった。もっとも他の島に比べて、格段に辺鄙。だから私どもも、今回は、ラナイを選んだのだが。まさにパイナップルだけの島だったのだが、1992年にパイナップルの生産を辞めたそうだ。ところがパイナップル生産時に使っていた黒いビニールがあらゆるところに残っている。乗馬で先導したガイドも送迎者の運転手も「あそこにもこちらにもビニールの残骸」と教えてくれた。まさに今、海洋のビニールが問題になっているが、ビニールは全く土に戻らないと実感した。大変な環境問題だ。そのせいか、ラナイ島も、マウイ島もレストランで出すストローはすでに紙製であった。アメリカの反応は早い

(↓道に黒い物体が残っているが、それがビニールの残骸)

に。IMG_4676

3.人生2度目の人種差別

ラナイ島で、人生2度目の人種差別を受け、頭にきた。1回目に差別を受けたのは留学中の1978年。台湾人の友人とファーストシカゴ銀行の奨学金で勉強していた黒人と3人でシカゴにジャズを聴きに行った。開演よりかなり前だったので、ドでかいホールはガラガラ。それなのに一番後ろのトイレの前に座らせられた。黒人の友人が文句を言うかと思ったら「しょうがないよ」という。ショックだった。そして今回が2回目。予約をしてあったにもかかわらず、満員なのでロビーで待っていてくれとのこと。2度まだかと聞いたが、あと数分と言いながら30分待たされた。後から来た欧米人を先に入れている気配大あり。3度目に少し強くいったら、海沿いの良い席が沢山開いているのに、レジ前の最悪の席を指定された。明らかにわざとである。そこで切れた。英語での喧嘩では、テンポをよくするために、ところどころ「馬鹿野郎、ふざけんな」等の日本語を混ぜればよい等の手法は、モルガン時代に充分、習熟している。レストラン・マネージャーが飛んできて平謝りだったが、どうせSNSの評価が怖いのだろう。しばらくぶりにアドレナリンが出まくった。レストラン担当者がアジア系の女性だったせいだと思う。どうもアジア人は欧米人にのみペコペコし、アジア系を軽視する傾向にある、と思う。ハワイでTVを見ていたら、米軍は46%がマイナリティー、16%が女性なのにトランプ大統領を囲んだ軍の幹部は白人ばかりでマイナリテーも女性も一人もいないではないか、と問題にしていた。米国の差別問題は深刻なのに、2度目の経験をするとは。JPモルガンでは全く感じなかった。IMG_4567

4.ホテルのチェックアウト

今回、ホテルをチェックするときは、留学時代の習慣を思い出し、きちんと請求書の明細をチェックした。数年前にハワイ島のホテルをチェックアウトする際、前日の夕食代が$11,000となっていたのだ。エ、エ、エ、晩飯代120万円???家内と2人で、そんな飯を食べたら、いっぺんで痛風だと、文句を言ったら、日本ならすぐ「ごめんさい」で済むのに、かなりの時間調査をしていた。その結果、隣の中国人の結婚披露パーティーの費用が、私についていたことが判明。平謝りかと思ったら、「I am sorry」で終わり。米国人が明細を目を皿のようにしてチェックするわけだ。日本の旅行では、そのような心配をしなくていいのが、なんとも楽。

5.指揮者・小泉和弘さんの誕生コンサート

10月16日、小泉和弘さん指揮の都響の小泉さん誕生日コンサート@サントリーホールへ。家内がハワイから早く帰ると必死だったのは、このコンサートをとその後の古希のお祝いに出席するためだった。我々がおっかけをしている小泉さんは都響の終身名誉指揮者。カラヤンに学んだのは日本では小澤征爾さんと小泉和弘さん2人のみだ。小泉奥さんのマミさんから聞くカラヤンのエピソードはいつも楽しい。

ワーグナー:ジークフリート牧歌

ブルックナー:交響曲第7番ホ長調

ブルックナー:交響曲第7番ホ長調は恩師カラヤンが亡くなる前に最後に指揮した曲だそうだ。難しい曲だが、さすが小泉さん指揮の都響だと思った。高校のテニス部の一つ先輩の小平さんとサントリーホールでお会いしたのには驚いた。きっと私以上にクラシックには縁のない方だと思っていたので(失礼)。大昔から、都響のサポート会員だそうだ。3.11の直後は、原子力の専門家である小平さんに「放射能、大丈夫か?」と電話をかけて聞いたことを思い出す。IMG_5153

6.レジェンド変じてジ・エンドIMG_5114IMG_5145

誕生日コンサートの後には指揮者小泉和弘さんの古稀のお祝い会があった。参加者は、小泉さんこそ、世界最高の指揮者だと思っている人ばかり。私どもの同じテーブルは、発酵学者の小泉武夫農大名誉教授。日経新聞の小泉さんの{食の記事}で、お酒が進む方も多いだろう。「以前いただいた、非売品の『小泉武夫節』という本枯れ節、絶品でした」とお礼を申し上げたら、翌日、またお送りくださった。感謝!! 三菱UFJグループの総帥・平野会長も同じテーブル。久しぶりにお会いした。金融庁の審議委員を務めていた頃からの仲間だ。同席していた人たちに、平野さんが「金融界のレジェンドです」と紹介してくださった。が、それを聞いていた友人に、「昔は、そうかもしれないが、今は単なる狼爺さん、レジェンドではなくてジ・エンドだ」と言われてしまった

(↓左から三菱UFJグループの総帥平野会長・マエストロ小泉・私、2枚目はそれに綾子。マエストロのお祝いに新しく作った帯で参加)

IMG_5137IMG_5140

 

7.天才

小泉和弘さんはすべての曲を暗譜で指揮する。私には想像を絶する能力だ。私の専門のディーリングの世界にも天才がいる。JPモルガン入社直後、NYのディーリングルームを訪れて天才ブルーノを見て、こんな人が世の中にいるのかと、びっくりしてしまった。JPモルガンで私の尊敬するボスのマーカスマイヤーは小学校卒のスイス人だが、ブルーノも、たしか中卒のスイス人だった。当時のディーリングルームは、テレックス(タイプライターのような通信機)の全盛期で、30台くらいのテレックスがブルーノを囲んでいる。その1台1台にアシスタントが付いているのだが、世界中の銀行がブルーノにレートを聞いてくる。それをアシスタントが大声で読み上げブルーノが返事をし、アシスタントがそれをタイプで打ち返すことで取引をしていた。そのレートは、単なる直物のレート(=よくテレビで本日の$/\はいくらですというようなやつ)ではない。4か月先の$/\レート、9か月先のギリシャ・ドラクマ/フィリピン・ぺソのレート、7か月先の英ポンド/ロシアルーブルのレートなどなのだ。このレートクオートの難しさは素人の方にはわからないかもしれないが、とんでもない能力が必要なのだ。時々刻々と変わる全ての通貨の組み合わせの直物為替レートと、あらゆる通貨の金利(たとえば円の1か月の金利、2か月の金利、11か月の金利)が頭の中にあり、2つの通貨の金利差で直ちに暗算が出来ないとクオートなど出来ない。しかも3か月の先物ではなく3か月と3週間の先物レートなどを先方は聞いてくるのだ。暗記力のほかに、頭の中にコンピュータがないとこんなことはできない。あの瞬間から、私はマーケットメークでは、2万%ブルーノに勝てないと自覚した。そして後に、プロップ(自己取引売買・お客さんのためではなくモルガンの金を使ってモルガンのために取引をする)に活路を見出したのだ。ブルーノはまるで、楽団の真ん中で指揮棒を振っているようだと私はその時思ったものだ。小泉さんの指揮を見ているといつもディーリング・ルームでのブルーノの姿を思い出す。

8.芸者さん

アベさんが新橋金田中で席を設けてくださった。最初から最後(2次かのバーまで)芸者さん2人がついていて旦那衆の世界を垣間見た。歳をとったな~と思うのが、このような見知らぬ世界に行くと、若い頃はモノおじしたものだが、今回は全くモノ怖じしなくて済んだ点だ。芸者衆と飲んだのは人生これで5回目。最初の芸者さんがいる場に踏み込んだのは、もう20数年ほど前だろうか?政治家とその支援者たちの集まりでの神楽坂。1年に1度の仮装の日とかで、唯一覚えているのは、70歳くらいの芸者界の会長さんが、シスターの仮装をしてアベマリアを歌ったこと。面白かった。2回目は三井信託49年入社組の同窓会で、京都に行った時。京都支店の次長だった同期のなじみの店で芸者さん2人、舞妓さん2人を呼んで宴会をした。50人くらいの参加者に4人の芸者・舞子さんだったが、私の前に座ったのが16歳の舞妓さん。16歳の女の子では何を話していいかわからず参ったな~と思った記憶。3回目は三洋電機のアドバイザーをしていた時、井植山荘で、関西の重鎮を数人を接待した時。私にも動員がかかり接待側で参加させていただいた。仕事中心の難しい食事を終え、部屋を変えて2次が始まったら京都の芸者さんが総出で入ってきた。食卓を囲んで仕事関係の話に終始していたときには、「私は京都ではニ条城と京都御所しか知らないんですよ」と話されていた方に向かって、部屋に入ってくるすべての芸者さんが「あら**さん、あら**さん」と挨拶をした。彼は部屋を変えての2次会に芸者さんを呼んでいるなどと思わなかったのだろう。当然、皆が大爆笑した。明かりを落とした月明かりのみの山荘に響き渡る芸者さんの笛の音色の何とも言えないもの悲しさ、まさに幽玄の世界に入り込んだ気がしたのが強烈な思い出だ。花街の伝統に酔いしれた楽しい晩だった。4回目は尊敬するボス、マーカス夫婦が来日したので、親戚のような付き合いをしている三味線手造りの石村さんに頼んで、向島にマーカス夫婦、我が夫婦、石村夫婦で行った時だ。石村さんが英語のできる芸者さんを用意してくれたのだが、マーカスが意気投合。奥さんのパットの前で「スイスに来ることがあったら是非、よって頂戴」などと言うものだからパットが大おおむくれしたこと。これまた、皆で大笑いした。そして今回が5回目だった。アベさん、楽しい思い出をありがとうございました。IMG_5159IMG_5164

9.スーパー歌舞伎

10月23日は新橋演舞場のスーパー歌舞伎「オグリ」を勝丸夫婦と見に行った。私は坂東彌十郎・新悟君親子の名誉会長をさせていただいているが、息子の新悟さんが照手姫の役で大抜擢されている。準主役のような役柄だ。ものすごくうまくなっている。ひょっとすると彼はブレークするかも?

(↓ 勝丸夫婦と(勝丸さんは元高松高検検事長・広島高検検事長、千晶さんは一橋大学岡本ゼミの後輩で元四国公認会計士協会会長))

①新橋演舞場

10、西表島のヒル

トレッキング中にヒルに食いつかれながらも、ハブにはかまれず、西表島から無事生還。沖縄の石垣島に1泊、西表島に2泊してきた。完全なオフ。議員在職中、旅行が気ままに出来なかったので、そのコンペンセーション。石垣島では、3回目の大好きなホテルでただただ、ゆっくり。西表島ではカヌー&トレッキングと祖内のお祭り見学。島中が制限速度40キロ(住宅地は30キロ)のまったり運転。「ハブより怖い飲酒運転」との道路脇警告板が秀逸だった。羽田空港で、家内のゼミの1年後輩の中村君とあった。偶然、同じ便で石垣島に1泊、西表島に2泊、(彼はまた、その後石垣で2泊)行かれるとおっしゃる。八重山諸島に(だけでなく全国さまざまなところに精通している)中村君がお祭りや、隠れた名所を教えてくれたので、非常に充実した旅行になった。IMG_5364西表島西表③

(↓ 根が板のようになっている(板根)サキシマスオウノキ)

IMG_5380IMG_5375IMG_5383西表②西表③

11.藤巻健史の1か月

熊本から帰ってからも本の執筆と家の片づけをするつもりが、嫌と言うほど雑用が続き、両方ともほとんど進まず。いやになってしまう。

9月27日(金)

15:00-16:30 金融ジャーナルのインタビュー@番町の金融ジャーナル社本社

仮想通貨について。

9月28日(土)

9:00-11:00 テニス

14:00-14:40 講演会@東京ビックサイト

16:00-18:00 ラクビー 日本VSロシアのテレビ観戦

19:30-21:00 富山のお医者様の内藤先生と先生のお嬢様と食事@恵比寿のやきとり屋。お嬢様の結婚式には昨年出させていただいた。当時は北陸銀行勤務、今はAMEXに勤務されている。かわいいお嬢さんだ。IMG_4329

9月29日(日)

9:00-12:00 テニス

9月30日(月)

14:00-16:00 スイスに1ヶ月出かけていて。つい最近帰国した家内のテニス仲間の前野さんとスイス談義、

10月2日(水)

友人の息子さんの進路相談@ホテルオークラ

10月5日(土)

屋上から花火鑑賞IMG_4340

10月7日(月)―10月15日(火)

10月7日(月)―10月10日(木) ラナイ島IMG_4630IMG_4662IMG_4516IMG_4519IMG_4409IMG_4426IMG_4720IMG_4405IMG_4551IMG_4908IMG_4742

(ラナイ島からマウイ島に渡るフェリー)

10月10日(木)-13日(日) マウイ島IMG_4916IMG_4864IMG_4852IMG_4964IMG_4961

(↓マウイからホノルルへのモクレレ航空  。9人乗りで乗客は我々夫婦ともう一人だけ。荷物検査も無しに写真に写っているゲート1でチケットをチェックしただけで乗り込んだのには驚いた。片道一人4000円。45分間の飛行。ウエストマウイ空港はしばらく使われていなかったが、最近再開。滑走路とはまっ平なのかと思っていたら、かなり凸凹があったのにも驚いた)

IMG_4991IMG_4997IMG_5017IMG_5014

10月13日(日)―14日(月) カウアイ島IMG_5054IMG_5058IMG_5066

石村お父さん(三味線作りの名人。残念ながら若くして亡くなった)には、我が家の子供たちが小さかったとき、毎年夏(10年間くらいだろうか)に(石村家の)伊豆の別荘に連れて行ってもらい遊んでいただいた。その時以来、親戚同様のつきあいをしている石村家が7日から16日までハワイ(マウイ島、オアフ島)にいたので、一緒に食事、買い物等。IMG_4817IMG_4828IMG_4902IMG_4942

10月16日(水)

19:00 小泉和弘さん指揮都響コンサート@サントリーホール

21:00-23:00 小泉和弘さんの古希のお祝い。コンサートとこの会に出たくて必死でハワイより帰国

(↓発酵学者の小泉武夫農大名誉教授)

IMG_5132IMG_5133IMG_5166

10月17日(木)

9:30―12:00  テニス

18:30-21:00 司法試験に合格された方のお祝い、

10月18日(金)

9:00-9:30 銀行担当者交代挨拶@自宅

12:30-14:00 食事をしながらサンデー毎日倉重さん(元毎日新聞論説委員長)のインタビューを受ける@記者クラブ

18:00~21:00 新橋金田中で会食、その後バー

10月23日(水)

16:30―21:00  スーパー歌舞伎「オグリ」@新橋演舞場

10月24日(木)

9:30―12:00 テニス

10月25日(金)

大雨の中、PHP本社へ。The 21の連載用のインタビュー。

10月28日(月)

羽田で、石垣・西表に行く家内のゼミの1年後輩の中村君と偶然出会う。石垣島へ。レンタカーでホテルへ。ホテルでのんびり。IMG_5292IMG_5238IMG_5293IMG_5299IMG_5282

10月29日(火)

石垣港で中村君と待ち合わせ。西表島でレンタカーを借り、中村君のガイドで南風見田海岸や板根で有名なサキシマスオウノキの群生地に行く。戦争中の悲しい歴史をきざむ「忘忽石の碑」のある南風見田海岸は、対岸にある波照間島への望郷の念を抱きながらマラリアに倒れた人達への碑がある海岸だ。とても悲しい歴史とは裏腹にすばらしい海岸線だ。誰もいないところが一層の物悲しさを醸し出す。合掌。マラリアは米軍が占領時代に駆逐したそうだ。バスで祖内(上原港のさらに先)のホテルに泊まる中村君を大原港のバス停に送る。

(↓石垣港にあるウロボクシング具志堅選手像)

 IMG_5305IMG_5333IMG_5328IMG_5345

(↓2枚 西表島で宿泊したホテル)IMG_5355IMG_5498

10月30日(水)

カヌー、ピナイサーラの滝・滝上滝つぼへの6時間トレッキング朝から雨。朝7時に昼食を取り、7:30出発。8:30に上原港で(東京農大でカミキリ虫の研究を指定していた)24歳のガイド君と合流。本日は参加者がわれわれ2人だけだったので個人的にガイドを雇った形となりラッキー。オンシーズンが過ぎているだけではなく、かなりの雨だったのでトレッキングをする人が少ないのもラッキーだった。しかも、このあと、中村君ご推奨の祖内のお祭り(中村君はこれを見るのを主目的に祖内にきたそうだ)を見たいので、ツアーを1時間早めてもらうことも出来た。おかげカヌーもトレッキングも1番乗り。静寂がすばらしかった。ただ最後にヒルにかまれた。事なきを得たのが幸い。このあと、粗内のお祭りを見た。テレビでよく見る2隻の船の神にささげるレースが圧巻だった。ドローンの取材、外国人の観光客もいたが、いまだ地元主体の小さなお祭りなのがすばらしい。酒飲んで騒ぎ、綿菓子を食ベるお祭りとは違い、まさに神事という感じがすばらしかったIMG_5367西表②西表5

(↓  5枚ピナイサーラの滝に恐る恐る近寄る綾子。一緒に近寄ったのはガイド君。高所恐怖症の私は近くにも寄れず)

IMG_5397IMG_5417IMG_5406IMG_5399IMG_5402

(↓ 粗内のお祭り)

IMG_5442IMG_5443IMG_5455IMG_5469IMG_5481IMG_5482IMG_5487IMG_5488

 10月31日(木)

8時15分ホテルをチェックアウトし、レンタカーで由布島に渡る牛車乗り場へ。9:00発の牛車に。客は我々2人だけでラッキー。由布島も我々2人だけで静寂の島を探索できて超ラッキー。10:30の帰りの牛車に乗ろうとしたときには観光客がうじゃうじゃ上陸してきた。この時間に一緒に上陸していたら由布島の印象が著しく変わっていただろう。IMG_5524IMG_5514

(↓蝶園にて・オオゴマダラ)

IMG_5538

12:30の高速艇で石垣島へ(50分)。バスで空港に行き、帰京。

IMG_5580

11月1日(金)

本日から仕事復帰。山ほどのペンディング事項との格闘。朝日新聞主催の講演録、金融ジャーナルの「仮想通貨特集」の原稿赤入れ。プライベート関係の契約書・合意書等を3通作成。管理不動産の大雨被害関連事務等。

9:00-10:15 大阪大学医学部の森下教授とミーテイング@グランド・ハイアット

12:30-14:00 プレジデントウーマンのインタビュー@プレジデント社本社

15:00-16:00  歯のクリーニング。夜は久しぶりのお寿司屋さん